日記・コラム・つぶやき

2019年

大変、遅ればせながら…。
2019年も、まり先生→むらさき幼稚園や、いろんな場所
「むらさきmusicラボ」→幼稚園の1室を残した私の音楽秘密基地
楽団「ぺとら」→主宰する中世や民族音楽のバンド
「バンダ・ショーロ・エレトリコ」→ブラジル音楽ビックバンド
その他、楽器づくり講座、無声映画楽士など
リトミックの考え方を基盤とした様々な活動に精進して参りたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
【2019年の目標】
『自宅を人を呼べる状態にする』
実は、2016年幼稚園が閉園してから=息子パンダの高校生活3年間は、ほとんど自宅に人様をお招きしておりません。
と、いうのも、この3年間、私は、ベットと衣服ハンガーをリビングに持ち込んで、仮暮らしのサバイバル生活をしておりました。まぁ、毎日がキャンプです。
5:00 起床
5:30 息子パンダの弁当づくり
6:30 息子パンダ登校送り出し(雨が降ったら駅まで車で送る)
    二度寝
8:30 ゴミ出すために起きる
 
〜中略〜仕事したり、家事したり
そして、就寝後、塾講師のバイトをしている娘エリザベスが帰宅すると、物音で、起きて、しばし娘とダラダラおしゃべりしつつ、うとうと。
こまぎれ睡眠は、まぁ、授乳期に比べれば楽なのですが、この3年間は、弁当づくりを最優先にやりきりました。そして、それが、この年末に無事に終わったのです。
ベットは、また二階に移動。
3年前は、中学生だった息子と同室でしたが、
今度は、春から社会人になる娘と同室です。
息子は、無事に薬科大学に入学を許可していただきました。これから、6年間、長い!
そんなんで、
私のベットはやっと、寝るだけの場所になれました。
リビングに置くと、どうしてもベットの上にも仕事道具や、裁縫用具を置いてしまって、精神衛生中良くなかったのです。
とても、嬉しいです。
まだ、片付け途中なのですが、
ラボも、2月に発表会を控えているので、
写真映りの良いように、収納箱を揃えたり、色の数を抑えて、スッキリ化を展開中です。
引き出しの中も、整理中です。
がんばっています。

ラボのレッスンは、新年5日からはじまりました。

松の内の休暇中に、貸切レッスン、嬉しいです。
ジュニアクラスは、幼稚園が始まった8日からでした。
お正月あそびということで、大きなトランプで神経衰弱もしました。

まり先生、自分で言うのも何ですが、
「神経衰弱」のルール説明が、大変、上手にできました。


個人レッスンの皆さんも、それぞれ2月の発表会の準備にかかっています。


最近の秀作。
ダンボールで、機関車をつくりました。
ぬいぐるみ用の座席もついていて、気に入ってもらえました。


さて、
今年は、いろんな新しい試みも、出張でさせていただくことになりそうです。
リトミックと、
今までの保育経験と、
楽器の科学に対する愛❤️が、どれも溶け合った形になりそうです。
「むらさきmusicラボ」や、いろんな場所で出会うこどもたちや、皆さんと、
記憶に残る時間を共有できたらと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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2018年 年賀状です

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撮影 Tengyo kuraさん

新年 あけまして おめでとうございます。
今年は、年賀状を、こちらにて、失礼させていただけたらと、思っております。
年賀状にかけていたお金を、恵まれないこどもへの寄付にあてさせていただくことにしました。
まり先生は、元気です。今年は、51歳になります。「むらさきmusicラボ」で、リトミックやピアノ、作曲とかを教えるレッスンと、演奏に関係する仕事をしていて、だんだんと、ラボの外の仕事が増えてきています。
2018年も、すでに決定している大仕事もあり、随時、情報公開時より発表させていただきます。(2017 演奏のお仕事のご報告
お仕事面で、お会いした皆様。2017年同様、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。
プライベートでは、SNSでも、つながれたらと思います。卒園児の皆様、ご家族の方も、どうぞお友達のリクエストを頂戴できたら幸いです。
(年賀状の欠礼とともに、昨年よりSNSの誕生日の公表も控えさせていただくことにしました。)
娘のエリザベスは、大学3年生21歳。息子パンダは、高校2年生になりました。
メールアドレスは、ブログのメールリンクのYahoo!のもの。
ラボのリンクからのGmailのもの、どちらでも、ご連絡ください。
頂戴した年賀状は、すべて拝読させていただきます。
私のために、書いてくださって、本当にありがとうございます。
今年も、よろしくお願いいたします。

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5月



さくらんぼ採り




今年は、幼稚園の子じゃなくて、
ラボの生徒たちが、
3日間にわけて、
収穫しました。









暖かくなって、
亀も元気です。






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万左子先生とのお別れ

卒園児の皆様

先日、訃報をお知らせさせていただいた万左子先生の告別式に、理事長先生ご夫妻と、参列させていただいてきました。
皆様から、お預かりしたお手紙、折り紙、メッセージは、棺の中に納めさせていただきました。また、万左子先生を偲んで、作られた粘土作品については、ご遺族に、私の携帯から、見ていただきました。
お通夜には、担任として、クラスに入っていただいた中3と、小4の学年のこどもたちと、お母様方、そして、先生方5名ほどが、参列されたと、報告をしていただきました。
告別式、初七日法要のあと、火葬の間、ご遺族と、お清めをしつつ、故人を偲ぶ時間を持たせていただきました。
万左子先生のお席も設けられ、聞き慣れた笑い声が、聞こえるようでした。
享年、56歳だったそうです。
年少児の入園が、例年よりも多かった年度、
担任が途中で、降板された年度、
新年度、蓋をあけたら、思いの外、やんちゃが多くて、手が回らずに、緊急要請をしたとき、
そして、当たり前のように、人数が多かった頃の毎年の新年度の最初の1ケ月。
幼稚園は、担任の先生も大変ですが、
それを補助する先生も、たくさんの気を使われて、
本当に、大変だったと思います。
私と一緒に、年長の担任を、2学期から持った時には、
こどもにせがまれて、折れなかった折り紙を翌日に克服しようと、
折り紙の本を持って帰られたような、
そんな優しい先生でした。
真ん中のお子様が、年中2年保育で入園された時、
下のお子様が、年少で入園された時、
保護者会の役員をしてくださった時など、
保護者の立場と、
職員となって、後方支援をしてくださった時との、
人ととの関わりの差がない、
いつでも、そのまんまの万左子先生でした。
私は、園長として、
万左子先生に、いつも指示というお願いばかりしていて、
万左子先生は、それをいつもエプロンのポケットから、小さなメモ帳を出して、
丁寧にメモにとって、おられた姿が目に浮かびます。
お世話になりっぱなしで、
何のご恩返しもできないまま、
旅だちを見送りました。
謹んで、ご冥福をお祈りいたします。
訃報の拡散にご協力くださった皆さん。
メッセージや、手紙、折り紙などを託してくださった皆さん。
ありがとうございました。

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万左子先生の訃報について。

4年生が、後半、担任として、お世話になった万左子先生が、

4/19に、悪性腫瘍のために、永眠されました。

斎場は、府中の森市民聖苑(しみんせいえん)第二斎場です。

お通夜 4/26(水)18~19時

(先生方の一部は、お仕事帰りに、こちらに参列されるそうです。)

告別式 4/27(木)12~13時

(理事長先生と、私は、告別式に伺う予定です。)

詳しく知りたい人は、メールリンクより、連絡ください。

まり先生

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ドレミファコーラスと近況




今日は、市民ホールの音楽祭にて、
久々に卒園児とご家族にお会いしました。


昨日は、継続して打楽器指導していた中学校の総合発表会でした。


最終日だったので、
楽器も引き上げ。




トラックの助手席に同乗して帰ってきました。



ラボは、今月いっぱい個人レッスンと、
自分の制作活動です。



今まで、「ぺとら」として、グループで関わっていた映画関係のことに、個人で取り組む準備をすすめています。

11月は、出演やワークショップはありませんが、12月はたくさんの出張と新しい取り組みがあるので、11月はじっくり準備をしようと思っています。

2/11 夜に「いずみホール」で、ラボの発表会とまり先生50歳記念コンサートで「ドレミ」やりますから、
同窓会がわりに卒園生のみなさん、来てくださいね。

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どれみふぁむらさき@並木公民館まつり

久しぶりに、むらさき幼稚園の皆さんにお会いしたくて、
並木公民館のコーラスの発表を聴きに足を運ばせていただきました。
卒園児のみんなも、ちょっ、新しい学校生活で、少しずつ着ている洋服や、水筒などの持ち物がリニューアルされていて、時の流れを感じました。
コーラスには、OGの皆さんもかけつけていて、本当に懐かしい時間でした。
今回の発表では、最後のクラス担任だったユミコ先生も、団員として参加をしていらっしゃいました。そして、サプライズで、「むらさき幼稚園園歌」を皆さんで歌われたのですが、その時に、ママたちは、楽譜と歌詞をみながら歌われていたのですが、元園児たちと、ユミコ先生だけ、もちろん暗譜で歌われていました。
わたし、そこのところ、キュンと感動してしまいました。
ユミコ先生と園児たち、たくさん歌ってきた歴史が表現されていて、
素敵なサプライズでした。

さて、重機が入っていた園庭も、解体終了後は、こんなにきれいな更地になりました。信楽焼のタヌキのみが、残っている感じです。
解体をしている経過については、私は、ほとんど写真も撮っていませんし、その模様をお知らせするつもりもありませんでした。壊されていく途中の姿に、ショック受ける人もいると思ったからです。でも、こうして、無になった状態は記録しておこうと思いました。
これから、ここがどうなるのか、私にはわかりませんが、でも、人の手が入る前に、こんな時もあったと覚えておこうと思います。
意外と思ったのが、元保育室のあった土地も、ちゃんと土色をしていたということです。50年間、建物が建っていた場所も、掘り起こせば、ちゃんと土なのだなぁ〜と、当たり前のことかもしれないけれど、びっくりしました。
動物たちは、鶏は、理事長先生宅の庭に移動し、その他は、業者さんで、欲しい方にもらわれていきました。
私事ですが、4月から息子が電車通学で、早朝に弁当を作る生活が始まったのですが、最近、ようやっと、目覚ましなしで起きられるようになり、リズムができたように思います。新しい生活、私も慣れたけれど、元園児のみんなも、新しい生活に、それぞれがんばって慣れているんだなぁ〜と、感じた日でした。

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最後の園庭


さて、修了式、同窓会と幼稚園としての行事が全て終わったので、4月に入ったら早

々に、撤去と解体作業が始まりました。
28年間のむらさき幼稚園での生活を振り返って、
やはり一番良かったことは、二人のこどもを園児として、入園させたこと。
親としてだけではなく、
先生としての私も彼らが知っていてくれることは、
様々な困難を親子で乗り越えることに、とても役に立ちました。
中央が私で、156センチ。
左が、大学2年、158センチのエリザベス。芸術学部で演劇や映画を研究しています。
右は、高校1年、180,3センチになっていたそうです。息子のパンダ、おっきくなりました。



新1年生と、新しいそれぞれの幼稚園に行った子たちも入学式の後に集まってくれました。この日は、撤去車の乗り入れを控えていただきました。
みんなが、新しい生活に夢を膨らませているのを見て、
私も、新しい生活に根をはっていこうと思いました。
ご入学、おめでとうございます。

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幼稚園同窓会

同窓会に、たくさんの卒園児、ご家族、退職された先生方にご来場いただきました。
来られなかった先生方からも、お花を頂戴しました。ありがとうございます。





お餅は、いつもの手作りでした。

たくさん、たくさんのこどもたちの顔。
幼稚園に同窓会があるというのは、素敵なことです。
こうして、3年ごとの成長を見守ってきて、
成人した卒園児と深い話ができて幸せです。
私立幼稚園で転勤もなく、
いつでも、幼稚園に行けば、自分を覚えていてくれる先生がいる安心間は、
みんなにとっても成長の助けになっていてくれた信じています。


むらさき幼稚園の園児だった頃。
主事先生(きよはる理事長)が、畑でモグラを捕まえて、ホルマリン漬けにしたことが衝撃的だったのですが、18年経って、音大を卒業し、就職したら、まだそのモグラ漬けが、園にありました。
小学生の時に、何回も、園庭のブランコの夢を見ました。
幼稚園でリトミックを教える先生は、たくさんいますが、
園長兼任で関わらせていただけるチャンスは、めったにあることではないと思っていました。
同窓会には、私よりもかなり先輩の、園舎の2階に下宿をされていた先生もいらしてくださいました。
そして、
私と同期、平成元年に幼稚園に入られ3年勤務をされた『マツオ先生』も、群馬からいらしてくれました。同期の私たちは、本当に一緒に、いろんな経験をしました。一緒に泣きました。働くこと、保育のこと、何もかも初めてで、ペーペーで、仕事が遅くて大変だった22歳の頃を思いだしました。
そして、その頃の教え子が、3人も来てくれました。一人は、子連れです。
私が、妊娠出産と仕事の両立を目指していて、そこをフォローしていてくれた頃の先生の『アイコ』先生もお子様づれできてくれました。その後主任になった『ジュンコ』先生が、仕事で急に来られなくなったけれど、その頃の自分は、本当に、周りに迷惑をかけっぱなしだった。でも、そうやって、子育てはみんなに助けてもらうって、知りました。
今は大学2年生になったエリザベスが、ちょうど喋り出した頃〜園長の子だけれども、入園した頃の先生『ユカ』先生、『エツコ先生』、『ユキノ先生』も来てくれました。私は、この頃、末子のパンダも保育園に送り迎えがあり、先生方には、すごく迷惑をかけました。でも、みんなの助けがありがたいと知りました。
運転手の『ヨコヤマ』先生、保育を助けてくれた『マサコ』先生も来てくれました。
そして、最後の8年間、メンバーチェンジなしで、支えあった4人も揃いました。主任の「ユミコ先生」は、最後は、3学年一緒の1クラスをまとめました。12年間は、同僚の先生として、その前の何年かは、園児のお母さんとして、役員の経験もある存在でした。
『ユキコ先生』が、産休に入って、私が担任を引き継ぎ、今度は、『ユリ』先生が産休に入ったら、『ユキコ』先生が、戻ってきて、担任を引き継ぎ、その後は、二人とも、私の外部リトミックに頻繁に子連れで顔を出してくれました。
当たり前だけれども、
幼稚園は、コドモと接するところ。
親御さんたちは、こんなにも命がけで、お子さんを私たちに教育することを任してくださっている。
自分自信も、いっぱいいっぱいながら、子育てしながら、保育の仕事をさせていただいてきたからこそ、学ぶことがたくさんありました。
同窓会で、いろんなママたちにも再会できて、
いろんなことを教えてくださった子育ての先輩に感謝しました。
「保育士が足りない」など、いろんな問題があること、
痛いほどによくわかります。
自分の子供が熱を出しても、保育の仕事は、休めない。
インフルエンザに家族が感染したら、仕事に穴が開いてしまうから、
家庭でも、感染しないように、家族も気をつかう。
「うちは、家業が幼稚園だから仕方がない」と、
うちの子供たちも、幼稚園のいろんな行事に関わりました。
そして、この子たちが、まだ幼い頃には、卒園児の中で、手伝いの子が申し出てくれて、花火大会の火つけや、同窓会の模擬店を手伝ってくれました。
同窓会で緑の帽子をかぶっていた『ユウキ』君は、そうやって、ずっと手伝ってくれていた頼もしい存在です。
むらさき幼稚園の子は、なんとなく一本の筋道が、共通のところがあるようで、それぞれ年代の違う卒園児たちが、模擬店をやってもらうと不思議とまとまります。初対面だけれども、同じ空気感があります。絆を感じます。
28年間の勤務生活を振り返って、やはり一番良かったと思うのは、自分の子供たちも、在園、卒園させたと言うことです。遠慮すべきという意見もあったし、他園では、えこひいきの可能性をあんじて避けるケースも多いそうです。でも、うちの幼稚園のママたちは、本当によく私たち母子を受け入れてくれました。
放課後は、私を「真理先生」ではなく「真理ちゃん」と呼んでくれて、お友達の家の行き来にも、招いてくれて、我が家で遊ぶ順番の時には、私が勤務している間は、留守番をしてくれていました。ママ友であり、勤務園の保護者でありという存在だったみなさんにも、同窓会で再会できました。
音楽を通して、私に生きる目的を与えてくれたミュージシャン仲間たちにも、感謝です。
これからは、「むらさきミュージックラボ」を立ち上げて、ベビーからシニアまで、幅広い年齢の方々と、触れ合う目標を持っています。
幼稚園は、幼稚園児の年齢を持つご家庭と関わることが原則だったけれど、
ラボは、「お城」のように、すべての年齢の人が、足を運んでくれる場所になれば良いなと思っております。
生活のため、営利目的ではありますが、見学および初回は無料ですので、いつでもリトミックをしに来てくださいね。4,5月は、初めての「ベストな気候の中での長期休み」と思っています。夏休み、冬休みには、気候に負けてできなかった自分のことをいっぱいやりたいと思っています。そして、6月には、新しいラボがスタートします。みなさん、宣伝よろしくお願いします。

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第50回修了式


修了式と、最後の保育室。ここまでは、4月から、それぞれ転園をする年中児、年少児も一緒です。




そして、10名の年長修了児と親御さん方に、
本当に手作りの素晴らしい謝恩会を開いていただきました。
裏方なしの、全ママ出演の劇。
感動しました。



そして、28年間勤めさせていただき、
そのうちの21年間、園長だった私用に修了証書をいただきました。

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