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2017年5月

アンサンブル・ユーリズムミックス30周年記念公演

昨日は、18歳から40歳まで所属させていただいていたリトミックの身体表現のグループ「アンサンブル・ユーリズミックス」の30周年公演をリトミック専修の中館ゼミの友達と見てきました。
20周年公演の時には、40歳にて、若い皆さん(先輩の郁ちゃんもいたけど)と一緒に群舞で「カルミナ・ブラーナ」も踊りました。

私よりも年上で、まだ現役で動いている先輩郁ちゃんは、えらい!涙でました!

中館栄子先生は、私のリトミック身体表現の恩師です。

付属から国立音大の教育音楽科二類に進んだのは、リトミックがやりたいというよりは、
音高でも教えてくださっていた花村先生(作曲)が、「お前はかわっているから二類にいけ」と言ってくださったからで、入学当初は、工作とか裁縫ばかりして遊んでいました。

そんな私を授業の中で見出してくださり、「アンサンブル・ユーリズミックス」の発足メンバーの4人に入れてくださったのが、中館栄子先生。(郁ちゃん、ゆきえ先輩と、吉仲淳さん)

4年生の時は、「リトミックの身体表現 中館ゼミ」、作曲科や打楽器科の人と個人的にダンスでコラボしたり、夜は週3でバレエにも通っていたのです。若かった!

卒業してからも、歴代の中館ゼミの縦のつながりの中で、マイペースで、ソロとかで、何回かステージを踏ませていただいておりました。

今は、もう50歳なので、職業としてリトミックは、いつも教えてはいるのですが、表現者として、動く時には、「パフォーマー」を名乗ってプロ活動をさせていただいています。

でも、同期の仲間に会えるとほんとに嬉しい。

「ミュージシャンが、一緒に曲作りをするのは、男同士でも、裸で抱き合っているようなものだ」
と、ジェンベの師匠のKING佐野篤っちゃんが言っていたけれど、
リトミックの身体表現で、ゼミで、音楽を身体で演奏させるための動きを考える時は、ホントに、泊まり込みで、夜中も布団を並べて、ずっと創作をしていました。寝食も一緒に、まるで、サーカス一家の家族のようにして、リトミックをしていた青春時代。

由貴乃さんと、そのまま別れがたく、
茨城まで3時間のドライブの前に、
無理言って、私のラボに寄り道してもらいました。

久々に、私がピアノで即興して、由貴乃さんが踊るという遊びをしました。

今は、全部、仕事になっちゃったけど、
元をただせば、
私たち、こうして、音楽でいっぱい遊んでいたんだなぁ〜、と思いました。

中館先生は、73歳になられたそうです。
ぜんぜん、変わってませんでした。

最後のラーメンは、
そんな1日を過ごし、
すっかり気持ちが女学生になってしまったママのために、
バイト帰りの娘エリザベスが、
「サッポロ一番」にトマトを入れて、
「太陽のトマト麺風」にしてくれた夜食です。

「学生時代に戻っちゃったみたい!」
と、一瞬思ったけれど、
気づいたら、こうして、ご飯を出してくれる立派な20歳の娘がいたんだ〜、と思ってしまいました。

10年前の20周年公演の時は、
群舞の練習に、幼稚園を使ってもらったり、
「夢の島体育館」での練習には、
遠方なので、家で留守番が不安な当時7歳だった息子パンダを連れていったけ。

それで、パンダが、中館先生に、
「おばあちゃん、ママたちが踊りの練習している間、俺をプールに連れてってくれ。」
って、言っちゃって、
中館先生も、一瞬固まって、
ちゃんと断ると思ったら、
「いいわよ。おばあちゃんと一緒にプールいきましょ」
と、行こうとして、
みんなで、
「おい、おい!」
って、コントみたいにとめるシーンもありました。

その時に独身だったメンバー、今はみんな子育て真っ最中でした。

昔も、今も変わらずみんなを引っ張っていってる郁ちゃんえらい!

久々に、中館先生のパワーを浴びて、
この十年のいろんな経験から、
こうゆう風に、大師匠がいて、
歴代のゼミ生とか、いろんなつながりが縦でも、横でも繋がっていて、それぞれ子持ちになってって。

まるで、
「サンバチーム」だ!
と、思いました。



 





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5月



さくらんぼ採り




今年は、幼稚園の子じゃなくて、
ラボの生徒たちが、
3日間にわけて、
収穫しました。









暖かくなって、
亀も元気です。






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情報解禁 7/20 山崎バニラさんと共演!

20170509_142254 『ドラえもん』ジャイ子役、『妖怪ウォッチ』キン役の他、

テレビでよくみる「山崎バニラ」さんと、「突貫レディ」二人組として、共演させていただくことになりました。
情報公開まで、ずっと、秘密にしているというのも、
なんだか芸能人みたいで初めての体験でしたが、
今日、晴れて、発表できます!
打ち合わせなど、もう、何回もお会いしているのですが、
バニラさんは、本当に素敵な女性です。
一緒に、作品を作り上げていく作業が、本当に楽しみです。


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鯉のぼり









鯉のぼりリトミック。
異年齢で、楽しみました。

鯉のぼりがラボを全力疾走!

楽しかった!

手描きで鯉のぼりを準備したかいがありました(*≧∀≦*)

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こどもと音楽で未来をつくる ぺとら 東大を終えて 雑感

東大でプレイバルーンをした動画 インスタグラム

5/3(祝)
東大駒場キャンパスにて、
こどもも、大人も楽しめる音楽を提供する様々な形態のバンドのひとつとして、
楽団「ぺとら」で、参加してきました。
ラボに、レッスンに来てくださっている生徒さんファミリーや、友人も、大人ひとりでふらりときてくださり、素敵な体験を共有できて嬉しかったです。
「こどもの城」への思いがあって、生まれたイベントなので、
メインアクトは、「こどもの城 oshiroバンド」のこどものための快楽をすべて網羅した圧倒的なパフォーマンスに、涙しました。
こどもの城や、今回共演させていただいた「たっちゃん」(ぺとら)、まことさん,
ゆかりちゃん(城)と久々に共演させていただいた思い。
okowaの若いママスタッフたちに刺激をうけた思うなどを、記録したいと思いました。
okowaママたちは、まだ小さいこどもたちを抱えてながら、自らの表現活動や、イベント制作をしている元気なママたち。
キャストやスタッフママ、お客様も含め、「こどもの城」の閉館の2015年3月の時点では、まだ、出産前だったり、お出かけを楽しむ年齢に達していなかった人も多く、「こんな場所があったの?」という認識から、「こんな場所が欲しい」という思いが湧き出て、エネルギーとなっているようでした。
彼女たちには、私は、子育てと、仕事と表現活動を並行している先輩としてとらえられていたようですが、実は、30代はほぼほとんど表現活動を休止していたので、私にしてみたら、彼女たちこそ、すごいと思っています。
でも、こんな私の経験でも、役にたつことがあるかもしれないので、
独自の世界観「まりりんワールド」を展開し、
「宇宙の放浪楽師」として、ステージ後に、
「では、宇宙に帰ります」と言ってのけた「ぺとら」と、
昨日、ステージの片隅にいた「パンデイロマン人形」のつるさんについて、
はじめましての方にご紹介したいと思いました。
私は、22歳から24歳(平成2~4年)のほんの短い間、むらさき幼稚園では、リトミックだけの通い講師だった時期があり、空いている曜日や、長期休みは、「こどもの城 音楽事業部」でアルバイトをしていました。幼稚園専業になり、園長となって、二人の子育て中の10年間は、リトミックパフォーマンス集団「アンサンブル・ユーリズミクス」の動き手として、身体表現をする以外は、普通のワーキングマザーをしていました。
PTA活動も、働いているという理由では辞退できないために、夏休みに集中して奉仕できるキャンプ指導員などを足掛け10年勤めました。
プロとして外部出演をしていないけれど、仕事の中で、おゆうぎ会で披露する曲を全クラス分、振り付けをしたり、自分の中での「クリエイティブ欲」を発揮させて充実していたのですが、
「このまま、40歳になってしまうのか?」
と、ふと、思うところがあったタイミングで、
娘が大道芸に興味を持って、頻繁に見物に行くようになったのをきっかけに、ヘブンアーティストの資格をもち、中世の放浪楽師をコンセプトとするバグパイプの近藤さんと出会い、2007年に「まりりんワールド」(物語をつくる、絵を描く、作曲する、衣装や道具をつくる)を展開する目的の「ぺとら」を設立。府中の森博物館や、両国江戸博物館にて、大道芸の研鑽を積みました。
「ぺとら」が、ほとんどカバー曲を演奏しないのも、この「大道芸」出身という理由があります。著作権の関係で、路上で、人の曲を演奏すれば、自分たち自身に、ペナルティがかかるからです。
2009年に、こどもの城のバイト時代に、自称「直属の先輩」のパーカッショニスト小澤敏也(つるさん)と、ミュージシャン仲間のオリエンタルパーカッション立岩潤三のつながりで再会。
私のバイト時代は、バイト生活の売れないミュージシャンだったつるさんも、「オリジナルラブ」を経て、マルコス・スザーノ直伝の奏法をつたえるパンデイロ(ブラジルのタンバリン)の第一人者として、大きくなっていました。
家も近いので、つるさんは、幼稚園に入り浸るようになり、つるさんも「ぺとら」に加入し、私は、パンデイロッカー小澤敏也(つるさん)のホームページを立ち上げ、ウェブレッスンを撮影。マネージャーも引き受けて、2013年に癌で亡くなるまで、二人三脚状態でした。
つるさんは、「こどもの城」が大好きで、結構立派になっても、「こどもの城音楽アルバイト」を辞めずに、亡くなる直前まで25年くらい継続していました。
パーカッショニスト渡辺亮さん(ナナ・バスコンセロスの唯一の日本人弟子、妖怪研究家,画家 )が、つるさんと私のキーパーソン。
イベント当日から後日にかけても、亮さんに、いろんな報告をしつつ、やりとりを続けました。
(私は、中学生の時、隣の武蔵美でサンバをしていた亮さんに会ったことから、こどもの城へ導かれました。つるさんは、サンバ仲間の亮さんに連れられてこどもの城へ。亮さんと私は、こどもの城がなくなった今は、バンダショーロエレトリコで、メンバーとして、共に演奏活動でつながっています。)
「こどもの城 ガドガド」として、毎年、海外遠征公演にも参加をしていた「つるさん」は、こどもの城のコンテンツを知り尽くしていました。
なので、「ぺとら」がこどもの城にミュージシャンとして、出演するチャンスがあったときには、こどもの城スタッフさんたちと、かぶらないもの、オリジナルのものを厳選してプロデュースしてくれました。城とかぶらないものを意識することは、イコール、他の誰ともかぶらないというメリットを、今も感じていて、つるさんのプロデュースは、ありがたかったと思っています。
そんな兄貴分に、「もっとぶっとんでいいよ」「まりちゃんにしか作れないお話をつくろうよ」と、いろんな応援をもらって育まれたのが、「ぺとら」の世界観です。
特に、いつも、心に留め置いている言葉があります。
新潟の親子劇場公演の準備で、「馬の頭がついている棒」を探していたときのこと。
私よりも6つ、年上のつるさんと、トイザらスに行くと、
つるさんは、若い店員さんに、
「ロンパールームのローディー、ありますか?」
と、聞きました。
「ロンバールーム」というのは、うつみ宮土理さんが、お姉さんをしていたテレビこども番組。すっごい昔のことなので、店員さんは、口ポカン。
つるさんは、とても短気なので、癇癪を起こして、お店を飛び出してしまいました。
追いかけて見つけると、
「だいたい、まりちゃんは、自分で作ろうとすればできるものをなんで、時間も手間もかけて、一生懸命、買おうとするだよ!」
と、すっごく叱ってくれました。
後日、何個か試作品をつくり、幼稚園児にも試してもらって、ローディを完成させて、つるさんに見せると、つるさんは、すごく褒めてくれました。
保育の仕事で、日々、園児たちが作るものを褒めちぎっていた私ですが、まさか、自分の手で作ったものが、40歳をすぎて褒めてもらえる日がくるとは、思っていませんでした。何歳になっても、褒められると嬉しい。褒めてもらえる人がいるのは、幸せです。
考えてみれば、保育業務で、先生として、こどもたちを喜ばせるためにつくるものでは、作るものは、雑誌のお手本どおりのもの。行事でも、自分の創造性を活かすものよりも、父母受けのするトレンドが要求されます。
「まり先生、もうちょっと普通にやってください」
「まり先生、これはいったい、何につかうものですか?」(謎のオブジェをつくって)
と、言われ続けて、なんで、私がつくると、お手本通りにいかないんだろう?と苦手感があった私は、つるさんの応援で、心の赴くままに、なんでも創る生活を「ぺとら」の中にも取り入れました。
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実は、つるさんがなくなって、4年ほど経つのですが、しばらく「歌」ものは、避けていた「ぺとら」です。一人で歌うと、つるさんのコーラスが耳から追いかけてきて、泣いてしまうからです。
でも、今回は、「こどもの城」への思いがたくさん詰まったイベントなので、
つるさんが、一番好きだった歌を1曲だけ、最期に歌わせていただくことにしました。
「長い髪のサーカス少女」
という曲です。
〜周りから、変わってる変わってると言われて育った女の子が、成長して家を離れ、サーカスで暮らしはじめた頃という設定です。
そこには、自分と同じ、「変わっている」ものたちが、すっごくたくさんありました。自分が一番、マトモと思えるくらいです。でも、本当は、変わっているのではなくて、ひとつひとつの個性が輝いているだけ。輝きを持たない人は、輝いている人を、「変わっている」といって、ヨソ者扱いをしようとします。
曲のサビで、少女がぽそっと言う、
「私が一番、常識人」
は、実は、サーカスの変わった人たちにむけて、自分は普通と言っているのではなく、世間に向かって言っているのです。
個性が輝いている人が普通、常識人。〜〜
Top
私が園長をしていた「むらさき幼稚園」では、こどもたちの個性をつぶさないことを大事にしてきました。こどもたちは、もともとは、個性的なんです。
でも、幼児期の大事な時期に、適切に感性を認めてあげないと、
「みんなとおなじ」
「リーダーにさぶらう」
そんな力に負けて、2、3歳児に持っていたアナーキーを失ってしまいます。
封印してしまうのです。
むらさき幼稚園には、幼児なりに、それぞれ得意分野をもった職人のような子がたくさんいました。いわゆるなんとか博士のように、知識分野のこともあれば、粘土や折り紙、絵の具での色づくりだったりします。
みんな同じことができなくても、協力すれば、全体のスキルはあがります。
人間として大事なのは、リーダーのいうことに逆らわない従属性ではなく、柔軟にコミュニケーションできる判断力と、人の役にたつスキルと個性です。
だから、本当は、「待機児童」なんかを問題にするよりは、
良い保育者を育てて、保育の質をあげる方が大切で、中身が問題。
そんな思いもあって、
むらさき幼稚園から、むらさきmusicラボになって、
幼稚園に入る前の未就園児から、保育士さん、アーティストなど、様々な人たちへ、リトミックのスキルを伝える仕事を本業としています。
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ラボは、リベラルアーツ(藝術)を謳っているので、音楽だけではなく、絵の具や工作にも力をいれています。
今のこどもたちは、工作は、キットでするものと思っています。
プラモデルのように、材料が用意されて、その形に切ったものです。
お手本があって、
その通りにできたら、完成。
いつのまにか、夏休みの自由研究も、それが許される世間になってきたようです。
働いているママの少数派が、
「こども自身にテーマを見つけさせる時間がない。それを発表させると、できなかった子が可哀想」
という意見を陳情して、提出が義務でなくなった学校さえあるそうです。
研究というのは、
こどもの頃から、不思議だな、うまくいくためには、どうしたら良いのだろう?と、試行錯誤を繰り返して、失敗から成長をするものだと、私は思っています。
考えない人が、確実に増えてきています。
それは、保育をしていて、
他の子の絵のマネをする。
テーマを探してきてという宿題を嫌うことから、すごく実感をしてきました。
ラボでは、いつも実験です。
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お手本のないものを創るという実験をたくさんしています。
「ぺとら」は、私にとっての総合芸術の表現の場です。
教育業の本業の他、
現在は、ソロで、サイレント映画に音楽をつけること。
パフォーマーとして、リトミックでの専門分野プラスティックアニメ(空間身体表現)の技術を活かした音楽と融合するパフォーマンスをブラジル系のビックバンド、バンダショーロエレトリコで月に1度ほど、参加しています。
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その他、
紙芝居ソロや、リトミック講習、楽器づくりワークショップ、音楽芸人として保育園に招いていただくこともあります。
小道具や衣装、脚本、絵、もちろん音楽、欲しい音がない場合は楽器も手作りしています。
自分のつくったものは、どれも私の色がはっきりでていて、「まりりんワールド」を感じます。
ラボのホームページ「まりりんワールド」に作品の一部を公開しています。
ネックレスは、メルカリでも販売をしています。
好きなものと好きなものを組み合わせてつくるリメイクや、ディレクションも楽しいです。
『美しいものを愛でること』
が、人生のモットーなので、
街中で、自分を呼んでいるモノを買うのも楽しい。
「ぺとら」は、別にキワモノを狙っているわけではありません。
目立つために、アイコンとして、コスプレをしているのではなくて、
「世界観」を創るために必要な場合、ディレクションをしているつもりです。
私の本当の専門は、「リトミック」なので、「時間と空間を音楽でコントロール」することが、最もおさえておきたいところです。
でも、不思議と、時間と空間との関係を感じて日々過ごしていると、
楽器の演奏も、工作も、洋裁も、全部がつながっていくように思っています。
6月には、11本の短編サイレント映画に音楽をつけるソロ演奏公演があり、これからしばらく、ラボの他は、こちらに専念しますが、
リトミックのワークショップや、子育て相談サロンなど、
いつでもお声がけをおまちしております。
「ぺとら」も、ぜひ、お誘いください。
ママとしてのまりりんにご興味があったら、カテゴリーの旅行記に、母子海外旅行の記録がまとめてあります。水族館めぐり もあります。
最後まで、お読みくださりありがとうございました。
また「ぺとら」で、お会いしましょうね!

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