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むらさき幼稚園メモリアル映像

同窓会の始まる前の午前中の、むらさき幼稚園の最後の一日の幼稚園の園庭を記録した映像を公開します。前に公開した「園歌」は、限定公開でしたが、本映像は、公開としました。東京の西に残る自然の記録としての価値も含むと思っています。

くぬぎの木群は、この地で有数のカブトムシの食事処で、都心では購入するものかもしれない黒いダイヤが、幼稚園では、「好きなだけ持ち帰れるおみやげ」でした。
「モチ」の木は、いつでも、子供たちが安全に木登りができる足場の枝が選定されていて、全卒園児にとってもの思い出の木だと思います。
「とうひ」は、毎年、クリスマスツリーとして、ホールに鉢植えにし、おゆうぎ会が終わると、直ちに園庭に戻されました。むらさき幼稚園の子達にとって、クリスマスツリーは、生きている木に飾りつけをするものでした。
最終部には、最後のイベント「餅ぶるまい」の準備の風景もあります。
ケータリングに頼らず、いつもでも、幼稚園では、こうして季節の食べる食べ物を提供してきました。
日本の風景を、幼児期に記憶できた子供たちは幸せです。
撮影は、園長の私が、東日本大震災後に、チャリティ参加をさせていただいている「でんでらキャラバン」で、
活動を一緒にさせていただいている
「アトリエ旅する木」森谷博さんに撮影のみをお願いし、
編集作業は、私が拙いながらも自力で行いました。
水族館の中の水の音が聞こえる映像には、
私がかつて園児だった,45年前の感覚が蘇りました。
そして、むらさき幼稚園の一番の良きところにも、その自分自身の感覚とともに気づきました。
卒園児だった私にも、幼稚園には、3年に1回の同窓会に参加の資格があり、
最初は、多分2年生くらいだったと記憶しています。
園児だった頃には、園バス通園(桃色コース)で、自力では到達できなかった幼稚園が、小学生になったら、自分で自転車で行けたことにびっくりしました。
高校生、大学生になった時には、同窓会には行けなかったけれど、お世話になった先生と電話や手紙で連絡をしました。
私立幼稚園の良さは、そうやって、先生が変わることなく、ずっとその場にいてくれることなのですね。
幼稚園に行けば、自分が園生活を送っていた頃と変わらない生き物の音がありました。
そんな時間を森谷さんが閉じ込めて、記録してくださいました。
私の進行予定として、園舎の骨組み、時計の二階が取り壊される前に、この作業を終わらせたかったので、もうこの世に存在しなくなってから、パソコンで映像編集作業をするのは悲しかったので、編集が荒っぽいことをお許しください。
園児として過ごした2年間。
先生として、28年間。
園長として、21年間。
むらさき幼稚園に育てていただきました。
ありがとう。

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