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つるさんの一周忌

11/16
つるさん(故小澤敏也)の一周忌でした。
サッカーが好きだったつるさんのために、小澤家がサッカーケーキをオーダーしてくれていました。
園でも演奏をしてくれて、「ビョビョビョンビョン」を製作する作品展にも協力してくれた渡辺亮さんが、お墓のすぐ横にある大きなけやきの木の声を聞いているところ。
プロフィールでも書いていますが、
私は、中学生の時に、亮さんの武蔵美サンバをみて、
クラシック音楽だけだった自分の音楽の世界が広がりました。
音大卒業後、アルバイトにいった「こどもの城」で(当時23歳)で、
その亮さんと再会。
亮さんが連れてきたサンバの仲間がつるさん。
同じ時期に、たっちゃん(福澤達郎)も、一緒にバイトをしていた仲間でした。
独身だったつるさんは、
ご兄弟と、亮さん夫妻と、私をいつも、自分の家族だと言ってくれていました。
亮さんのシンボル楽器が、葦の木を弓状に曲げた楽器の「ビリンバウ」。
実は、つるさんは、亮さんみたいに、自分のシンボル楽器を決めたくて、
それで、「パンデイロ」を選んだと私には言っていました。
それで、
つるさんが遺してくれた葦の棒が2本あったので、
それが、再び、楽器として曲がるように、実は私は夏から、ずっと湿り気を与えて、脂をなじませて、曲げる活動をしていました。
保育時間中も、雨が降ると、すこしだけ、熱帯雨林を思い出させようと、雨にあてました。
それを、亮さんに写真でメールすると、
「縦方向において」
と、アドバイスをもらって、
本当にそうしているうちに、
弾力をもって曲がるようになり、
理事長先生に手伝ってもらって、曲げて、
楽器屋さんで、専用のワイヤーを買って、
本物のビリンバウを2本、新しくつくる事ができました。
最後の写真は、それを亮さんに確認してもらって、
オッケーをもらったところです。
亮さんが、理事長先生に、大きな声で、園庭で、
「大丈夫で〜す」
って、言ってくれました。
つるさん、それを聞いて、
「ワハハ」
と、笑っているようでした。

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