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北海道と名古屋におでかけ

ここ最近、昨年亡くなったつるさんの追悼のイベントがあり、

どうしても見届けたい思いもあって、
出かけていっていました。
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弟子屈の追悼イベントには、
つるさんのお兄さんのご家族4人と、私の息子も一緒に6人で、レンタカーを借りて、いってきました。屈斜路湖、支笏湖、釧路湿原も観光しました。
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翌日の釧路公演は、勤務の都合諦めたのですが、でも、釧路でのマネージャーさんと合流して、息子と3人で出発まで、釧路を楽しめました。
つるさんは、18年の間、「ピカイアパンデイロスペシャル」(以下PPS) というバンドで日本中のライブハウスを1年に4回くらいにわけて、それぞれ10日間くらい旅を続けて演奏をしていたようです。
それで、亡くなった後に、
つるさんの個人事務所オフィスジングルジムは、私ひとりだけなので、
この全国のライブハウス関係の方々にたくさんのお悔やみを頂戴して、本当に面食らってしまいました。
つるさんは、お葬式の費用にと、自分の貯金にほとんど手をつけないでご遺族に託して、自分で葬儀に呼ぶ人のリストまで作成して亡くなったので、
遺言通りにごくささやかにとりおこなったのですが、花輪は全国から届けられました。
全国の皆さんと電話でゆっくりとお話を伺ったり、メールをお一人ずつやりとりをさせていただく事を積み重ねていくと、それは、どうやらただ演奏をしにいっただけではなく、時には地元の保育園で、こどもの城でつちかった音楽のお兄さんぶりを発揮したり、
楽器の専門的な情報が行き渡らない地域で、講習会を開いたり、地元のお祭りにアマチュアに混じって参加をしたりと、地元に人たちにとっては、
「1年に一度会えるのが楽しみな人」
だったようです。
PPSは、最初、「オリジナルラブ」というバンドで一緒にサポートをしていたトランペットの渡辺隆雄さん(忌野清志郎のバンド等でご活躍)と二人で、その後、様々なギタリストを迎えて演奏活動をしていました。それで、全国の人を集めて、巨大なお葬式をするのではなく、何回かにツアーをわけて、東北、西日本〜九州、北関東、四国などをまわって、
「小澤さんが亡くなった報告」
というのをリーダーの渡辺さんがなさってきたのです。
私は、このうちの広島と名古屋に夏休みに参加させていただき、
今回の北海道がファイナルツアーだったので、遠出をしてきました。
これをもって、
「ピカイア パンデイロ スペシャル」という名前は使われず、実質上の解散となったようです。
一人のミュージシャンが亡くなって、
亡くなりましたのご挨拶に、こんなに時間をかけて、全国を廻るという事が、
私には、最初想像できませんでしたが、集まってきてくださる東京では会えない方々のお話を直に聞くと、それぞれの場所の人たちに、「お別れの場」をつくる事は、とても大切なのだと思いました。
つるさんの偲ぶイベントは、
PPSだけではなく、東京でも30年所属をしていた「キング」というバンドでは、3ケ月連続公演を行っていたし、小澤さんを偲ぶ会というのは、それぞれの場所で行われていて、私も大阪のものには、お邪魔させていただきました。
それで、
「おおたか静流&アジアンウィングス」でも、2月の大阪に引き続き、秋に入って、広島、浜田と追悼公演があって、運動会の後に、名古屋と、京都でも開催というので、
私は、名古屋に参加させていただきに足を運びました。
名古屋では、つるさんのお姉さんと一緒でした。
撮影 小沢芳彦
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幼稚園に来演してくださった馬頭琴の嵯峨治彦さんは、ここの仲間だったのです。
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名古屋の得三のレコメンドは、私が著述させていただきました。
PPSも、アジアンウィングスも、
つるさんの顔をまだ、フライヤーに使ってくれているのですね。
私が、こどもの城でつるさんと出会った24年前には、
まさか私が彼の助手の役割をする唯一のパーソンになってしまうとは、思いもよらなかったけれど、
生きている時には、楽器の扱いや演奏方法、ミュージシャンとしての心得、荷物のパッキングの仕方、エレベーターの乗り方、集まりの中でのおいとまの仕方など、教わった事をあげたらきりがないくらいの師匠であり、先輩であり、兄のような人でした。
そして、
いよいよ亡くなるという心の準備から、
お葬式から、関係者のみの偲ぶ会までの間では、
人間通しの関わりの度合いには、様々な形がある事を教えてもらいました。
一番大切な友達という尺度は、実は存在しないんじゃないのかな、と感じました。
落ち着いてからは、楽器の整理とメンテナンス、そして、私が演奏で鳴らして活かす策を見つける道のり。楽器の名前さえわからなかったものもあって、それを人に聞いたり、浜松の楽器博物館で調べたり、習いにいったり。
今は、つるさんが私が演奏できると判断して遺してくれた楽器と、園にもともと置いてあったつるさん出身の楽器、一緒に使っていた楽器のリストを専門家のアドバイスのもと、作成し終わったところです。
サンバ関係者の方への報告として、サンバカーニバルにも出場させていただきました。
そして、
ずっと、ずっと考えているのは、
自分が死んだ時のこと、
自分がいきなりいなくなった時に困らないように、身の回りの整理をきちんとしておこうということです。
当たり前の事ですが、
死ぬ時の旅立ちには、本当に荷物はいらないという事です。
でも、人とのつながり、ご縁は、消えませんね。
つるさんが、たくさんの人との絆を遺してくれました。
つるさんを通して、
北海道や、名古屋にもお友達がいっぱいです。
アジアンウィングスが目的でしたが、PPSをサポートをしていたお友達が関係している「円頓寺パリ祭り」も、のぞいてきました。
名古屋は、ホントに身ひとつで、着替えもほとんど持たずに行ってしまったので、
帰りは、静流さんにもらったTシャツで帰ってきたくらいです。
物はいらないな、と思いつつ、
ほどほどに、とも思ったところです。
秋は、旅にもベストシーズンということで、
次のお出かけは、全園児との秋の遠足なまり先生です。

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