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2014年4月

ムンぽこ@ロバハウス

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4/29の日記。
大道芸仲間の世界最小カルナバルサーカスの「ムンドノーボぽこ舞踊団」のお二人が、「ロバハウス」で「ロバの音楽座」さんとコラボ公演をなさるということで、
楽団「ぺとら」のバグパイプ近藤治夫さんとご一緒させていただいていました。
「ムンポコ」さんといえば、
幼稚園でも人形づくりワークショップもしていただきましたが、
もともとは大道芸つながりで、
一緒に東京都ヘブンアーティスト活動もしたりと、仲良しなんですよ。
玉川上水のロバハウスに隣接して、空想楽器の博物館やカフェのある「ロバノコハウス」がオープンということで、開演前にお茶もいただきました。かわいいロバの形のクッキーは黒糖でした。近藤さんは、丸型だったけれど、何味だったのかなぁ?
ムンぽこのゲンさんも一緒に3ショットを撮影。
開演前です。後の方に、
終演後の放出しきったゲンさんの写真もあるので、
比べてみましょう!(笑)
団長ゲンさんと、ハランドールアレレさんの愉快なパフォーマンス。
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終演した後の、真っ白になったゲンさん。
これは、終演後も、このままの格好で、
下にあるお子様が遊ぶようの手作りおもちゃでたくさ〜んのお子様と相手をして、
さらにエネルギーを使ったからと思います。
全力投球、いつもなんだよなぁ〜。
でもね。
ゲンさんのすごいところは、
本当はこの後なんだけどな。
私たちはよく「撤収のゲンさん」と言ってリスペクトしています。
片付けが本当に段取りがよくて、
トイレに行くついでとか、さりげな〜くさりげな〜く少しずつながら撤収をしていって、最後にみんなで撤収する時にはすでに車にほとんど入れた後だったり、
今日も会場で一緒だったけれど、
中世の放浪楽師の仲間の中世フィドル奏者の駒沢隆さん(コマさん)も一緒に、みんなで打ち上げを見越して、電車の時には、この人形たちが「電車バージョン」で選抜メンバーになっていたりするんですよ。
ロバの音楽座の皆さんにも久々にお会いしました。
幼稚園にも2度、公演していただいていて、
私のこどもたちも姉エリザベスは2回、息子パンダは5回、夏のキャンプでもお世話になっています。
ロバノコハウスの写真館では、息子パンダの写真も3枚見つけました。
今は172センチのデカ男ですが、
息子がこんなにちっさい時があった!と、胸がキュンとなりました。
帰りのモノレールは、
近藤さん、コマさんと3人並んで、
「なんだか旅みたいだったね〜」
と、一日をふりかえりつつ言っていると、
コマさんは、
「片道2時間半だからね」
と、遠方からかけつけていたので、これから気合いをいれているのでした。
ムンぽこさんの回のロバハウスのお祭りは、満員御礼ソールドアウトだったそうです。
本当にゴールデンウィークらしい一日でした。

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フィリピン台風ヨランダ洪水チャリティ

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以下のようなチャリティがあり、
おおたか静流さんから繋がったご縁で、
ボランティアでスタッフ参加をさせていただきました。
おみやげに、私も何かフリーマーケットで買いたいなぁ、と思っていたところ、
スタッフの皆さんが、
「まり先生にピッタリのものがある!」
と、
サックス奏者の多田葉子さんがロシアに演奏でツアーで行かれた時のおみやげの、
「チェラブーシュカ」のお人形のセットをチャリティ購入させていただきました。
ミュージシャンがそれぞれ品物を持ち寄って、
やっぱりミュージシャンたちが買っていったり、
オークションに参加したりという感じの雰囲気もあり、
つるさん(小澤敏也)のパンデイロをおおたか静流さんがオークションで落札されていました。
私は、ムーミンは、上級者なのですが、
チェブラーシュカは初心者です。
葉子さんから宿題をいただいたと思って、
これから絵本からはじめてみようと思っています。
先日の未就園のリトミックではお披露目しました。
園児には、もうちょっとネタになってからですね。
写真は、
今回のイベントの発起人のサックス奏者の梅津和時さんと、
つるさんのお兄さんとわたし。
昨年11月14日フィリピンを超大型の台風ヨランダが襲いました。
61万人が家を失い、レイテだけでも10000人の人が亡くなりました。
3・11の東北のことも、とてもまだ頭から離れない現状ですが、以前からルソン島で活動されている映画監督の今泉さんと相談し、
高校から流された楽器を、少しでも取り戻すために寄付をしようと思います。
この呼びかけに賛同して、素晴らしいミュージシャンがいっぱい集まってくれました。
この日のコンサートは無料です。
皆さんもいっぱい集まってください。
そして演奏を楽しんで、楽器を流されてしまったフィリピンの学生達に、心からの寄付をお願いいたします。

梅津和時

「知ることと、忘れてしまうことの悲しみを友に」台風ヨランダ被災者支援のために
フィリピンのルソン島北部山岳地帯で映画、映像を通したボランティア活動をしているNPO法人サルボン(東京都登録)代表の今泉光司と申します。
フィリピンで活動を始めて18年目になります。
1996年に北ルソンの日系山岳民家族の家族を主題にした劇映画「アボン・小さい家」(2005年日本公開、共同プロヂューサー;クリスティーナ・S・アバン)を制作するためにベンゲット州で活動を始めたのを皮切りに、映画制作ワークショップ及び制作支援、自然農法を通した農業支援、アジア太平洋国際平和慰霊祭などの平和活動、緊急災害支援などの4つのテーマに沿って活動をしています。
サルボンは主に私一人が現地の団体や協力者たちと活動しているNPOで、事務所も車も固定電話も持たない最小の無給ボランティア組織です。
11月にジャズミュージッシャンの梅津和時さんから、フィリピンの 大型台風ヨランダ(フィリピン名)の犠牲者支援のために何か出来ることがあったらやりたい、というオファーをいただきました。
梅津さんが自らそうおっしゃってくださるのなら、私もひとはだ脱ごうと一念発起し、早速レイテ島の被災地に視察に行って参りました。
超大型台風が上陸したレイテ島被災地の海岸線では世界中のボランティア団体が活動し、食料や医療支援は十分足りている様子でした。
しかし台風襲来から2週間後の被災地はガレキの山。
まさに東北の津波被災地を思わせるような光景に唖然としました。
教会の敷地の中にはつい昨日あたりに埋めた犠牲者の盛り土が並び、粗末な竹や木の十字架がたくさん並んでいました。
大きな木が根こそぎ倒れている公園で老人たちに話を聞くと、戦後すぐに植えた木で70年以上経つ老木でした。
この島は70年前に苛烈な日米戦、あのレイテ戦の激戦地になり、米軍の艦砲射撃で焼け野原になった海岸線でした。
なんと70年の間に2度も、家、学校、役場、公民館、教会、道路も公園も全てを破壊され多く の人々が犠牲になった海岸線で、唖然としました。
遠い波の音を聞きながら、のどかな島の人々の戦後の日々を思い、瓦礫の山となった村の中を歩き回りました。
今回は自然災害だから仕方がない…。
しかし70年前の出来事のことを僕たちはほとんど知りません。
東北の津波災害で生き残った人々は、死んだ大切な人たちのことを忘れてしまうのが悲しい、と言いました。
せめて僕たちはその苦しみを少しだけ知り、忘れてしまうことの悲しみに思いを寄せたい。
そんな活動をしたいと考えています。
被災地では既に多くの国際支援団体が活動をし、世界中から多くの支援物資が配給されています。
まだ手の届いていない島々や、足りていない物資などもあるかと思いますが、私たちには私たちがやるべき別の活動があると考えました。
音楽と映像を通して被災地の人々と交流をして行く活動です。
具体的には、全壊もしくは半壊した音楽教育に熱心な先生のいる高校に楽器を送り、同時に梅津さんの演奏を録画したビデオレターを学校で上映し、音楽の新しい才能をインスパイアーしつつ交流してゆくプロジェクトです。
レイテ島から、或いはその近隣の島から若いジャズ演奏家が生まれることを期待し、音楽を通した小さな日比国際交流が出来ることを期待して、また私たち日本人が教 えられていない戦争の歴史と出会うことが出来ることを期待します。
この小さな輪から何かが広がって行くかもしれません。
支援先の学校は最初は3-4校程度を考えています。
数を増やし広げて行くことよりも、少数の場所で出来ることを長く続けて行きたいと考えています。
NPO法人サルボン 今泉光司

梅津和時さんの呼びかけの元こんな素晴らしいミュージシャンの方々にお集まり頂けることになりました。
少しでも多くのお客様にいらして頂きたいという思いからチケット代は無料とさせて頂きました。
(2ドリンク代の1000円のみ頂戴致します。)
当日は1つ上の階に有ります姉妹店の「山羊に、聞く?」も同時開催。
こちらでは今泉監督撮影の現地の映像を上映致します。
出演者の私物のフリマも予定しています。
是非イベント全体を楽しんで、そしてフィリピンの学生達に楽器を贈る為の寄付をお願い致します。

晴れたら空に豆まいて

出演
梅津和時 HP
プチだおん【多田葉子/中尾勘二/関島岳郎】 HP
名渡山遼 HP
直枝政広 YouTube
佐藤正治 HP
おおたか静流 HP
岡田浩安笹久保伸+イルマオスノ

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アイアンマン3

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幼稚園の報告じゃなくて、個人的な趣味の話ですが、
これは私個人のブログなので、すみません。
まり先生といえば、
スターウォーズと思う卒園生の皆さんも多いと思いますが、
昨年卒園されたマイクラスの皆さんには、
「アベンジャーズ」の話もピンポイントで話していたと思います。
本当は、「スターゲイト」シリーズ、「スタートレック」にも熱いのですが、
それは、おいておいて、
昨年の「アベンジャーズ」で私が最も感動したところは、
それぞれアベンジャーズのメンバーが戦いに出動するところでは、
それぞれ超人なところを活かしつつ、司令官をかってでる生身の人間である「キャプテンアメリカ」が的確な指示を出すシーン。
それぞれがビューンと宙から攻撃に向かうところ、
超人ハルクに対しては、細かい指示を出さず、
「スマッシュ!」
と、だけ言うと、
ハルクはとても嬉しそうに「スマッシュ」していき、
そして、生身であるキャプテンアメリカは、飛べないので、
階段をタンタンとかけあがっていく・・・。
そんなアベンジャーズの戦いから1年後を想定している「アイアンマン3」の劇場版が、見られなかったのですが、やっとレンタルDVDで観る事ができました。
監督が代わったのが、私の好みにあっていて、
ウルトラマンでいえば、ウルトラセブンのような感じで、
変身していない時間のドラマが掘り下げられている感じです。
なにせ、アイアンマンであるトニー・スタークが、アベンジャーズの戦いの後遺症で、心を病んでおり、
スーツを失って、自力で攻撃の準備をするためにホームセンターに行き、
材料を調達して、軍手に装置をはめて、パワーアームらしいものを手作りしたりしています。
ここが一番好きなシーン。
それで、
「アイアンマン1」では、
「俺がアイアンマンだ」
というラストシーンだったと記憶しているのですが、
今作がアイアンマンとしての単独シリーズは完結篇という事で、
ラストシーンでは、
「アイアンマンは俺だ」
と、トニーが言っておわります。
誰しもが知った有名なアイアンマンは実は私だというカミングアウトが前者だったのに対し、
ラスト作品では、
「自分自身がアイアンマンなんだから、これからだってアイアンマンのような方向性の生き方をする。」
という決意なのかもしれません。
なにせ、トニー自身は、ラストでアークリアクターをはずし、超人ではなくなり、アイアンマンスーツをすべて爆破してしてしまったからです。
でも、天才エンジニアなので、これからもホームセンターでの件のように、なんでもできるのでしょう。次のアベンジャーズ2では、設定年によっては、アイアンマン3以降の年代であれば、また違う展開になるのかもしれません。
もう1回、レンタルして確認しないといけないので間違っているのかもしれませんが、最後に超人ハルクの平常時の科学者姿とも握手していたようです。(ハルクは、怒りで変身します)
あ〜。
マーベル社のマーベルユニバースは、本当によくつながっていて、面白い。
アイアンマン3は、息子パンダと一緒にみようと思って、
息子がリビングにいる時間がわざわざ再生をしたのですが、
パンダは、
「え〜、だって、アイアンマン3を観るためには、その前にアイアンマン、アイアンマン2も観なくちゃいけないんでしょ。俺、アベンジャーズも観ていないだよ。アベンジャーを観るためには、ハルクもキャプテンアメリカも観なくちゃいけないんでしょ。俺は今からじゃ無理だよ〜〜〜。」
と、二階に逃げていきました。
パンダは、私の話の中でしか、マーベルユニバースの世界を知らないのですが、
一番好きなアベンジャーズは、「ホークアイ」だそうです。
好きなアベンジャーズが言える子には、
「パシフィックリム」で、世界各国代表のバトルスーツでどれが好みかという話もいつかできるのかなぁ、と思いつつ。
興味のない人にはとんとわからない話ですみません。

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はじめてのお弁当

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年中、年少はじめてのお弁当でした。
こんなに落ち着いている一日保育の初日ははじめてです。
良い子なんです。
待っていられました。
すごいねー。

放課後は、スクールカウンセラーさんらとの引き継ぎのため出張でした。

おたま月曜日できるといいね。

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2014 4/18未リトミ

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2014年度の未就園児のリトミック、
本日からスタートです。
雨で少人数でまったりとできました。
静かに聴いてくれたので、
カリンバコンサートもできました。
配布した日程、
6/1水
誤り
6/11
正し

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『2014年の自己紹介』

1397561582783.jpg  ブログ「かれいどすこ〜ぷ」には、毎年書く自己紹介をまとめてカテゴリーにしています。よろしければカテゴリープロフィールコラムもいつか読んでみてくださいね。

さて、幼稚園は閉園にむけて新入園児の3歳児さんは在園のご兄弟のみということですが、外部むけのリトミックに4月からはじめましての方もいらっしゃるので、はじめましてという形の文を綴ってみますね。
本園は、創立49年。この市の学習院を目指すという事で、教育内容の特色に創立以来リトミックをおいていて、私が幼稚園生として在園していた時は、「窓際のトットちゃん」の小林宗作先生のお弟子さんの白井民枝先生が、主任とリトミックを教えてくださっていました。
私の家は、音楽一家で、祖母はソプラノ歌手(故人)、母は今は合唱指導のみですが、長く自宅でピアノ教師をしていて、父は中高の副校長で音楽専科(故人)でした。リトミックをやっている幼稚園というので、両親がこの園を選んでくれた事が、今の私につながるわけで、本当に不思議だと思っています。弟は、NHKのテレビ絵本なども担当させていただいている作曲等の仕事をしています。
家で母がピアノを教えているので、私はずっと耳でピアノの曲を覚えてしまっていました。それで、その音を自分で勝手にピアノで辿りながら、小学5年生で「耳をひらく」という指導法の藤原弘恵先生に出会うまでは、指使いもメチャクチャ、楽譜も読めない状況でした。今でも楽譜や楽典は苦手です。
私のピアノの練習はといえば、超テキトーで、親にバレないように音だけはしっかしレッスン室から聞こえるようにしておいて、膝の上で漫画を読んでいたりして、弟がいいつけて大目玉!なんてこともありました。クラスのみんなが「ザ・ベストテン」をみていて、中学生になると「たのきんトリオ」の全盛時代。トシちゃん、マッチ、ヨっちゃんのうちのどの人のファンかを決めておかないと、女子との会話が続かないような感じなので、あんまり女の子のお友達がいませんでした。それは、小学校低学年の頃からで、トカゲをつかまえたり、魚を掴んだり、虫を持っていたりするので、仕方ないですね。
一番の理解者は、おばあちゃん。銀座の紙屋の出身の祖母は、ハイカラで、日生劇場で四季をみて、銀ブラデートや、夜の怪しい浅草など、いろんなところに連れてってもらえる初孫の特権でした。
中学校は、武蔵美の隣で、いつも変わった格好をして歩いている自由な大学生は憧れでした。ひとりで武蔵美の学園祭にいくと、そこで「サンバのパレード」をみました。なんだかいろんな太鼓があって楽しそう!と、テントのような小屋の「サンバ」の部屋に入ると・・・。
「ビリンバウ」という弓矢の楽器を一心不乱に演奏しているお兄さんがいました。演奏もすごかったけれど、お兄さんのその楽器の説明が面白かった。だから、「ビリンバウ」という楽器の名前をずっと覚えていました。
いつかちゃんと音楽を勉強して、その楽器の事を知りたいと思いつつ、国立音大の付属高校から音大のリトミック専攻の教育学科に入りました。でも、誰にきいても、「ビリンバウ」の事はわかりませんでした。インターネットがない時代、検索できない時代の事です。
民族楽器学の「郡司すみ」先生の講義をとりました。夏休みの宿題で、自分で楽器をつくるというのがあり、工作が得意な私は、自分で考えた「ビリンバウ」を自作しました。絵の具で丁寧に彩色したからか、郡司先生は、大変気に入ってくださり、「これ、私にください」と言ってくださって、音大の楽器博物館に展示してくださいました。
後で、楽団「ぺとら」を一緒につくる事になった弟分の「つぅーじー」は、ひと学年下の楽理科の学生で、私のこの楽器をみて、声をかけてくれました。親しくなるきっかけのひとつだったのかもしれません。余談ですが、このブログは、「つぅーじー」が、「毎日文章を書けば上手くなる」とすすめてくれたのがきっかけで、湘南ビーチFMで面白いコラムを書いている「つぅーじー」に負けていられないと、はじめたものです。まだ文章はうまくなっていないぞ。話しが違う。
音大時代は、中学生の時に武蔵美でみた「サンバ」がやりたくて、「打楽器アンサンブル同好会」に所属。「サンバ」は教えられる先生がいなくて、ほとんどできませんでしたけれど、仲間とアンサンブルする演奏の楽しさをはじめて知る事ができました。バレエもこの頃は、発表会にも出てがんばっていました。
音大卒業後、最初の1年は、この幼稚園でリトミックと保育助手で専任し、翌年の1999〜1992年3月は、リトミックは週3回の講師で、空いている日を「こどもの城」でアルバイトをしていました。そこには、「口琴」「ガムラン」「三味線」いろんなスペシャリストがいたのですが、「サンバ」にも力を入れていて、中学生の時にすごいな!、と思った「ビリンバウ」のお兄さんにも再会!
「この楽器、ビリンバウですよね。」
「なんで、ビリンバウって知ってるの?」
「武蔵美の学祭で観たんです。」
「それ、ワシや!」
渡辺亮さんです。
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(写真は園で演奏してくれた時の亮さん)
そして、その亮さんが連れてきた「サンバ」のすごい人が「ツルさん」(故小澤敏也さん)。ツルさんは、最寄り駅が近かったので、行き帰りの電車の中でも、熱く、熱く、ローリングストーンズの事など、私が音大で習わなかった音楽の世界をいろいろと教えてくれました。ツルさんとは、その後、2007年に再会、2009年より楽団「ぺとら」に加入で、演奏やワークショップを一緒して、同時に休日にはツルさんのスタッフとして、おおたか静流さんの活動などに参加したり、ウェブのお手伝いをしていました。2013年11月に癌で亡くなられて、とても残念です。
1992年から、幼稚園にリトミック教諭として専任になり、1995年から園長兼任となりました。今は高校3年生の娘と中学2年生の息子を産んだり育てたり、保育園の送り迎え、自分の勤務園に入園させていただいて、ママ友にも仲良くしていただいて、慌ただしい30代はあっという間に終わりました。
そんな時に「つぅーじー」の縁で、バグパイプ古楽奏者の近藤治夫さんと出逢い、「中世の放浪楽師」の一団として、首都大学の学園祭の出演に混ぜてもらったのがきっかけで、つぅーじー、近藤さんと3人で「楽団ぺとら」を立ち上げたのが2007年。活動が外にも向いた事で、リトミックを教える幅も広がり、震災後は、おおたか静流さんらの活動にも参加させてもらい、いろんな事を考えるようになりました。
そして、今日、この頃、思うこと。
付き合いが長くて、大事な交流関係のほとんどを共有していたツルさんが人間界から消えてしまって、その交流関係の主なスピーカーが私になりました。つまり、今までツルさん経由で聞いていた話しを今は私がしたり、聞いたりして、あぁ、それは自分自身のつながりにさせていただいているんだなぁ、としみじみ思うのです。
ツルさんが私に託してくれた楽器のメンテナンスを亮さんがしてくれて、生徒さんたちがそれぞれ得意な楽器の事を教えてくれて、今までツルさんとは、「いつもの方のアレ」とか「スーパーの袋に入ったヤツ」とかだった楽器の名前を亮さんに聞いて、名札を貼って覚えたり、過去にツルさんが雑誌等のインタビューで答えている文献を読み直して勉強しました。
「楽器と対話」するという事もだんだん理解しはじめています。園児たちと楽器と触れ合う機会をつくったら、私、ちゃんと説明できました。いつもツルさんがワークショップで話しているとおりに、アフリカとブラジルの国の事もからめて、こども語で言えました。さすが、ツルさんが私のためによりすぐって選んでくれたものだと思います。運動会組み体操を手伝ってくれた時に、私にレッスンをする度に運んできてくれてきたものです。
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同時に、「自分自身って何なんだろう?」を暇さえあれば探求するようになりました。自分が亡くなるための終活を見せて教えてくれたツルさんの影響で、私も自分の身の回りの整理をずいぶんとはじめました。こどもたちに見られたら恥ずかしい小中高の通信簿を捨てました。
高校生の頃に大好きだった雑誌「オリーブ」のスクラップブックも見つけました。バラバラに置いていた画集も一緒に並べて、想像する力を呼び戻そうと思っています。
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春休みに母と娘と富士山を見て、ホールの壁面を描きました。
自分のやりたい事を書き出そうと思っています。
大好きなメリエスの「月世界旅行」の月の絵を描き直したい。
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ポスターカラーじゃなくて、アクリルガッシュとか他の画材を試したい。
親指ピアノのカリンバの壊れたのを直したい。
大きなカリンバで曲がつくりたい。
釘のジャラジャラの楽器のさびを落として直したい。
17年前に買った竹の楽器アンクルンの音階が消えた。良い機会だから、雑音の楽器として園児たちとジャンジャン使いたい。
楽器の説明をする授業をたくさんして、新しい展開を考え出したい。
閉園を迎えるにあたって、
これからどうしたら良いのかをずっと考えています。
幼稚園の園長先生としては、その程度のリトミックで良かったのかもしれないけれど、これからは、リトミックも、もっともっと磨かなくてはいけないと思っています。
がんばりすぎて、
がんばりどころを間違えそうな予感でいっぱいです。

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Eテレ『てれび絵本』

実弟の日下義昭が音楽を担当している作品をご紹介させていただきます。

Eテレ『てれび絵本』音楽担当作品の放送予定を告知させて頂きます!

4月10日(木)ハリネズミのくるりん
4月16日(水)おやこペンギンジェイとドゥ
4月28日(月)ちいさいモモちゃん おばけとモモちゃん
4月29日(火)ちいさいモモちゃん ルウのおうち
4月30日(水)ちいさいモモちゃん あめこんこん
5月5日(月)オチビサン 春(前編)
5月6日(火)オチビサン 春(後編)
6月19日(木)おじさんのかさ

時間は午前 8:55~9:00(5分)です!

よろしくおねがいいたします。

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