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2012年7月

夏休みの宿題、運動会の準備のお願い

九月にまた改めてお手紙を出しますが、
納涼大会のときにお話した「夏休みの宿題」的なやっておくと便利な準備について掲載させていただきます。

準備としてお願いしたいこと。
A4くらいの蓋つきの菓子の箱などに(便宜上宝箱と呼びます)、
雑誌の切り抜きなどで、
自分のアンテナにひっかかった平面状のものを集めておいてください。
後で両面テープで貼れる重さならば、多少の3Dなら良いでしょう。


アンテナというのは、ご自分のお子様が興味をもち、脳のアンテナにひっかかったように感じたものを指していきたいと思っています。

これらの集まったものを、二学期早々に箱ごとお持たせいただき、
その素材を使ってコラージュをし、運動会の衣装等に使いたいと思っています。


パンダ君は、海の生き物が好きなので、新聞に出ていた「アクアマリン福島」の記事を切り抜いた。
スーパーのチラシに、すごくいい色のTシャツがあったので、アンテナにかかった。
家族の名前と同じ名前の字を探している。クリームのクは、ママの名前の久美子と同じだね。
遊びにいった遊園地でもらった地図。眺めていると、思い出が蘇って宝物になったよ。
とにかく象さんが好き。象さんの絵をいろんな日にいろんな気分で描いたよ。家族も描いたよ。

字に興味を持っている年代などによって、違いはでてくると思いますが、後で園でその中で淘汰、選ぶという作業も会話とともに楽しみたいと思っています。

その子がどんなアンテナを持っているのかを知ることが、この活動の最大のテーマでもあります。
アンテナなので、いくつもの分野が複数あっても、ひとつの事に絞らなくても構いません。


心理療法で「コラージュ」療法というのもーあるそうです。みんなのアンテナを一堂に広げたところで、運動会で何か表現できたらと思っています。

そのコラージュをどこに貼るのかは、まだ考え中ですが、ゴミ袋の衣装か、コック帽子か試作をつくりつつ決めようと思っています。(これは私の夏休みの宿題ですね。)

音楽は、今、二つほど候補があって、ひとつは、沖縄民謡「しーやーぷー」、もうひとつは「おおかみこども…」の主題歌を歌ってるアン・サリーの「ごちそうさまのうた」。
その後の観劇、おゆうぎ会年長合唱、作品展への展開もからんでいきますので、長い夏休みにじっくりチェスのように組み進めていくつもりです。

ついでに私の夏休みのミッションを公言して覚悟を決めるとすると、
おゆうぎ会の演目の下準備。
「ぺとら」と連動させた3学期のリトミック参観までの指導案の組み立て。(今年の秋のぺとらの出演のテーマをリトミック入門体験と決めたので、それをショー形式にして、秋のバザー職員劇、3学期のリトミック参観までのつながりのある指導プランをねる。
小学校生活最後の息子の自由研究の後押し。
これらを念頭に、今はひたすら娘の講習の送り迎えなどの母親業の普段できない分の埋め合わせをしています。


箱をとお願いしているのは、
まだ学習机をもたない幼児に自分だけのスペースを確保してあげたい気持ちからです。特に、小さい弟、妹ちゃんからは、守ってあげられるところに保管してくださいね。

まり先生の予想としては、何人かの宝物は、すでに箱からして個性を出してしまっているかもですよね。

昨年の園のおおきなテーマは、月世界旅行から派生して妖怪の音『ビョビョビョンビョン』までを総合した『うそこの世界』を軸に、様々な保育展開をしていきました。

今年の運動会のテーマは、今現在は暫定で「アンテナ」にしたいと思っているのですが、今年度の観劇、作品展を含めた大きな流れで言うと、「お金で買えないもの」というおおきなくくりの中で、思考をスタートさせていっています。

震災後、私も今までの保育人生の中で経験した事のない事にたくさん出会い、その都度、いろんな決心をして声明を出したり、話し合いの場を設けてきました。その中で、昨年度は、「こどもの心を育てる想像する力」を1900年代の無声喜劇映画に学ぶ事から進めていったのですね。

そして、今年度は、震災からまる1年が経ち、月に一度の園庭の放射線測定や、園児が立ち入る畑の安全を確かめたりと、だんだんとこどもたちにとっての「いつもの」を継続していくノウハウが、ある程度見通しがたってきている中、防災に関しての新しい基準などに対応をしていったりと、いろんな意味でまた、新しい年ともいえる中にいます。

今の世の中の動きについて、私にももちろんいろいろと考える事はありますが、そんな中、心にとまった記事は、
リオ会議におけるムヒカ大統領
のスピーチ。

複雑な現在の社会システムについて、私も自分の役割の中で、静かに考えていきたいと思っています。

それで、園児と一緒に考えたいのです。
「お金で買えないもの」で、何かをして、みんなで楽しむ体験をしたいのです。

その手始めに、園児みんなで「宝箱」をつくって、
それを元に「自分のアンテナ」について人に語り、
運動会でお披露目をして、それをみんなで褒め合い、自己評価を高めあうような場を設けたいのです。

そんなわけで、
毎年のように夏休みに宿題を出してしまうわけなのですが、
ご家庭ごとに楽しみながら、アンテナにひっかかったものを収集していただけたらと思います。

よろしくおねがいいたします。

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「他人の握ったおにぎり」を食べられるか?

夏休みになったら書こうと思っていたコラムを忘れないうちに。
ちょっと前に職員室で話題になった事で、
某お笑い芸人が「他人の握ったおにぎりは食べられない」と話題にして、
それが後にネットで多いに賑わって行けん交換がされ、
・自分の母もしくは家族が握ったおにぎりなら食べられる。
・友達のお母さん等、知っている人だったら食べられる。
・たとえ自分の妻や家族でも、手で握ったものは食べられない。
・ラップを使用したものなら大丈夫。

など、様々な意見が繰り広げられていた。

我が園の職員一同の共通意見としては、
「これって、間違いなく幼児期の体験だよね。」

コンビニ以外のおにぎりを食べた事がなく幼少期をスルーすれば、
あのいびつなお母さんの手の形そのままのおにぎりの形は受け入れられないだろう。

幼稚園でのお弁当の時間、
先生である私たちは、実にたくさんのおにぎりを見てきている。
年少さんでは、一口サイズに握ってあるものが多い。
隣のブロッコリーのマヨネーズがラップに染み渡ってベトベトになったおにぎりの外装を、
誰の手を借りる事もなくもくもくと食べている子もいる。
もう卒園した子のお弁当には、3年間、ほぼ毎日小さい焼きおにぎりが入っていた事が印象的だ。
いつも3こセット。
2つはバリエーションで毎日かわり、でも、ひとつだけは焼きおにぎり。

自分のお母さん以外の人が握ったおにぎりでまっさきに浮かんだのは、
沖縄のスーパーや市場で売っているおにぎり。
売りものだけれど、誰かの手の形をしていたっけ。

こうゆう経験、
スルーして大きくなる場合もあるのだぁ。

幼稚園で最近、ふと話題になっている「リサイクルショップ」についても思いが飛んだ。
「これどこで買ったの?」
「リサイクルショップ」
と、会話が続くけれど、
リサイクルショップは、行く家と行かない家があるらしく、その後の会話が想像の世界になっていて、聞いていて奇妙で面白い。

思い出されたのは、
もう卒園されたコの家にお見舞いに伺った時のエピソード。
気を使ってくれたお姉ちゃんが、私と担任にサービスで、ビデオを見せてくれるという。
その子のビデオコレクションの箱を見せてもらうと、
全てエアチェックした手作りビデオのみで、買ったものはひとつもない。
衣装コレクションも、全てママの手作り。おままごと用の長いお母さんスカート、ミニーマウスになりきり用のカチューシャにリボンをつけたもの。
放課後の彼女のライフスタイルが垣間みれて勉強になった。

ふと、自分の子育てを思い返して反省する。
娘が2歳の頃、「おジャ魔女ドレミ」ショーに行きたいというので、
衣装を適当に縫ってこしらえて、参加者のこどもたちがステージに立たせてもらう時に、
送りだした。

「みんなと違う」
と、泣いた娘は戻ってきた。
後日、トイザラスで既製品を買った。(これは、現在おゆうぎ会で大変役立っている)

セーラームーンミュージカルを観覧に行った時、
「みんなも踊って応援して!」
と、セーラー戦士たちに言われるも、
「ちゃんとしたコスチュームを着ていないコドモはダメなんだって」
と、参加を拒否。
商魂たくましいステージショーは、この後、「ディズニーオンアイス」でもひどい目にあう。
でも、数年後、サンリオピューロランドでも、この手のキラキラ光る応援グッズに手を焼くが、
こどもが成長したのと、
私自身が、不要な情報は聞かない気にしない技を習得できたため、
ショーの中身のみを楽しむ事ができるようになる。
(この技は、『ドラムストラック』で一時崩れそうになり、太鼓を買って帰りそうになるところを逆にこどもたちに止められるようにまでなる)

よし、
そんなこんなで、
この夏の目標は、
こどもたちにブックオフ以外のリサイクルショップにて、
セカンドハンズ体験をさせること、やってみようと思い。
只今、自分の持ちものを断シャリ中です。

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7/17最後の保育

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明日は納涼大会です。

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中野チャンプルーフェスタ

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7/14は、「でんでらりゅうば」の「おおたか静流」

さんと、「ぺとら」でいつも一緒に活動をしている「小澤敏也(つるさん)」さんが出演される「中野チャンプルーフェスタ」にスタッフとして同行させていただいて満喫してきました。

我が幼稚園からも、3組の親子さんが「生でんでらりゅうば」をステージで食い入るように観てくださいました。
遠足でみんなで輪になって歌って踊るために練習した「でんでらりゅうば」をCDと同じ声で指導付きで「シズリン」が教えてくれるコーナーがありました。

うちの園児、K君は、
シズリンのステージをちっとも観ないで、後ろの立ち見席の方で、場を盛り上げようとひっそりと踊っている「まり先生」の方と、シズリンを頭の中でシンクロさせようと、キョロキョロしていました。
テレパシーで、

「まり先生、本物だね!」
と、伝えてくれました。

「でんでらりゅうば」「ぴっとんへべへべ」「しーやーぷー」などのNHK「にほんごであそぼ」の歌を続けた後に、トルコの「ウスクダラ」という曲を大人向けに歌ってくれました。
「シズリン」は、日本のチンドン屋さんが使う「チャンチキ」を演奏しながら、
つるさんは、ブラジルの弦楽器「ビリンバウ」を演奏しています。
沖縄の空気の中で、いろんな国が混ざってまさに「チャンプルー」でした。

うちの園児も数名ですが、この空気感を一緒に体験できて良かったです。
いらした親子さんは、みんなシズリンとお話ができましたね。
それも、嬉しかった。(ニコッ)

終演後は、シズリン一行で沖縄屋台フードを堪能したりしていたのですが、
行動的なシズリンの提案で、
「にほんごであそぼ」の「しーやーぷー」
http://www.youtube.com/watch?v=40KKx2AZqZ8&feature=related

で一緒に共演した若者たちの「エイサー」の練り歩きを応援しに行く事になりました。

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エイサーの皆さんも、まさか「生おおたか静流」さんが、お客様として自分たちを応援してくれているなんて、という表情でサプライズでしたが、こんな風に閃きによって、周りの人に幸せを配れるって素敵な事だなぁ〜、とシズリンツアーを楽しみました。

その後、和太鼓なども楽しみました。

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この日のシズリン一行。
スタッフのわた君、おおたか静流さん、つるさん、まり先生。


シズリンは、ついこの前まで、スイス、NY公演を終えて帰国されたばかり、
それに、シズリンと一緒にいると、いろんな国の友達が声をかけてきます。
英語が普通にしゃべれるって、かっこいいなぁ〜、
と、耳をダンボにしていると・・・。


つるさんにまるで古くからの友達のように話かけているウェールズ人のイケメン、
流暢な日本語で、
「○○で(放送禁止用語です)、俺の死んだ友達に似ている!」

と、日本人離れしたつるさんのルックスについての話題のようです。
しかも、それは、ウェールズ君の周りの人なら、誰でも納得するくらいの出来だそうで、
彼はすでにfacebookにアップロードして、
「似てるだろ〜〜〜!」
みたいな事を書いたら、すでに数人の彼のフレンドから「いいね!」が来ているというのです。

メキシコ人とか、ペルー人とかによく間違われるつるさんですが、
ウェールズ人でもいける事がわかりました。


お祭りを離れて、つるさんとはもうひとつ別の用事で高円寺に行ったのですが、
その道みち、
その日に出会ったいろんな人について話をしました。

お祭りなので、いろんな人を観る事ができます。
一期一会だけれども、シズリンが目をつけた美味しそうな「ゴーヤチャンプルー」のお店のお兄ちゃんは、「今つくってるから5分待って」とうちなーぐちで言ってくれたので、楽しく5分待っている間、笑顔のスパイスをたくさんチャンプルーに入れてくれました。

メイド喫茶の「おいしくな〜れ」なんて、マニュアルつくらなくてもさ。
そうやって、人間のご飯は美味しくなるだね、とアンテナで感じました。

彼らは、その後、エプロン姿のままステージに立ち、ギターで沖縄の歌を歌うミュージシャンの姿も見せた後、出番の後は、また愉快にゴーヤチャンプルーを焼いていました。


残念だな、と思う事もありました。
私は、人を育てる仕事をしているし、母でもあるので、
「お祭り」で発散を求めているような若い心には、「助けて」のサインも感じ取れて心が苦しくなります。

つるさんも、
「不良になるのは、昔はカッコ良い事だったけれど、
不良品になっちゃいかんよね。」

サンバのダンスチームが出場するお祭りで、
自然発生的に集まってしまったような「おぢさん」が、
「ストリップは何時からですか?」
なんて言っちゃうようなのは、微笑ましいと思えるんだけれどね。
(すみません、ここの件、こどもに説明し辛いですね。音読しないでね。)


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チョコロール

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2012年7月のお誕生会のケーキは、チョコロールでした。

ホールでのセレモニー中に、先生たちで楽器の演奏の出し物をしました。

曲名は、「ぺとら」の福澤達郎作曲の、
「おもちゃ箱のポルカ」です。
園では、みんな「ドレミ」と言っていますね。

ドレミの3つ音だけでも、嬉しい気持ち、物悲しさ、懐かしさ、発見、気を取り直す場面・・・。

いろんな感情を感じ取れるところが、こどものたちのハートを掴んでいます。
園児たちも覚えて、「ドレミ、ドレミ」とよくピアノで弾いています。
年中さんのクラスでも聴こえるようになったので、ちょっと覗いてみると、
担任の先生がピアノに「ドレミ」とシールを貼ってくれていたのですね。

本園では、「幼稚園は小学校の予備校ではない」という方針のため、
ピアニカ等の鼓笛隊練習は行っておりませんが、
こんな自然な形で種をまく教育というのは、いいな、と思っています。

ドレミがこんなに効果があったのです。

だから、次は、「ペンタトニック(五音階)」の曲を作ろうよ!
たっちゃん!

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7/17(火)ぺとらの新世界旅行 告知2

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つづけて、後半のオリジナル音楽劇のおはなしです。

今回の喜劇映画研究会とのコラボで、
夢だった無声映画映像に音楽をつける演奏をするという願いが叶いました。

それで、どうせだったら、
更に他の人が絶対にしないような無声喜劇映画へのオマージュをしたかったのです。

前年のこどもの城公演(園児にとっては園バザーでの職員劇)「ぺとらの月世界旅行」では、超訳という形であえて、月の原住民セレナイトとの戦いなどを忠実に再現せずに、こどもたちが、「いいなぁ、夢があるなぁ」と思える要素だけを拾って、オリジナルのエピソードを入れました。時代的な要素もあると思うのですが、今の時代のこどもたちにとって、「やっつける」というのは、100パーセントの娯楽にはならないと思っているからです。探検隊が雪に降られるシーンでさえ、3歳児なら、「可哀想」と自分に置き換えて固まってしまうので、「星さんたちが見守っている歌」に置き換えました。

さて、
そして、今回は、最初から「オトナむけ」という趣向です。ぺとらの事ですから、「コドモ心を持ったオトナ」を対象としているわけですが、そこで、原作の「メリエスの月世界旅行」をお客様に観ていただいた後に、メリエス映画で感じたメッセージのその続編のような印象を自分たちができる事で表現しようと思ったのです。

メリエスの月世界旅行で受け取れるイメージというのは、
「魔法と科学が混沌としていた時代」
「科学的にはありえないSFの設定」(重力とか、Gとか)
「サプライズするという事と奇術がとても近いこと」
「自分たちの礼節と違う文化を持っているものは野蛮人として容赦なく成敗する」

これらの要素を大事にした上で、更に「ぺとら」ならではの要素を付け足します。

「役者がパンデイロを超絶技巧で演奏する事は不可能だが、パンデイロ超絶技巧ができる人が役者をやることで、パンデイロマンというキャラクターができる」
「コンピューター制御されている事が前提のSFと違い、メリエスの映像にでてくる物事のきっかけにはファンファーレや、マーチ、練り歩きなどの音楽による伝達を用いているので、その様式を踏まえた音楽的再現をする。」
「想像力をめいっぱい働かせて、物語に実際には映し出されてはいない背景なども浮き出させる」
「人がそれを見て感動できるくらいの大のオトナが大真面目に取り組んでいる姿を見てもらう」


それで、
物語として「月世界旅行」を見た時に、一番、「コドモ心」が疑問に思う事を発表します。

それは、
「なぜ、月に行こうと思ったか?」
の、必然です。

それで、今までの「ぺとらのメリエスオマージュ」作品群では、色んな理由を付けていたのですが、この「ぺとらの新世界旅行」では、

「パンデイロを叩きすぎて迷惑だと言われたパンデイロマンが、眠らないでもパンデイロを叩き続けられるような機械の身体を手に入れるために月にいく」

という目的を主軸にしました。


それと、
「メリエスの映像世界」から、まり先生が一番学んで、こどもたちに伝えたいメッセージを誇張しています。

それは、メリエスの映画の中にたくさんある、
「皆さん!」
「方々!」
「紳士淑女の皆さん!」
「注目〜〜!」
これから人前で話しますよぉ〜、みたいな自分の演出方法と、
その後の演説中の身のこなし方、立ち振る舞いです。


私の勤務している幼稚園では、これを「人前力」と呼んで、
遠足や納涼大会など、いろんな行事でことごとく園児たちに人前で何かをするチャンスを与えています。

おばちゃんだから言うわけではありませんが、
今の日本の若者に一番欠けているとは思いませんか?

彼らは、おバカな事ならできるんです。
でも、自分の意見を筋道をたてて言う事は、何故かかっこ悪いと思っている。

お母さん方の文句やクレームだけじゃなくて、「こんな事が良かったと思いますよ」という意見でさえ、役員さんからまとめて耳に入る事もあります。匿名になった時点で、意見じゃなくなるというのが私の持論です。


この時代の無声映画の中には、サーカスの動物の調教技術が優れていたので、こんなに動物が巧く演技をしているというのが残っていて、今の時代の人がそれを見てびっくりした。という事が喜劇映画研究会のイベントの意見交換の場でありました。

それと同じように、昔はこんな風に人前で話したりする文化があったんだなぁ〜、という風に現代はなりつつあると思うのです。
面と向かっては言えないけれど、メールならいえる。
自分の身の回りの意見よりも、ツイッターを信じる。
とか。

そんな思いをこめて、
「人に伝えるという事」
をメリエス先生からの教訓として受け取って、
随所にそんな場面を盛り込んでみました。


そんなわけで、
7/17の「ぺとらの新世界旅行」では、
前半は、
無声喜劇映画を上映しながら、その吹き替えと音楽を演奏して、

後半は、
メリエスへのオマージュがたくさんつまったオリジナルの音楽劇を上演いたします。

という告知でした。


西麻布にて。ご予約はこちらのフォームにて承っております。

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7/17(火)ぺとらの新世界旅行 告知1

Ongakukyo


Gessekai

楽団「ぺとら」の告知です。
喜劇映画研究会からのご案内からリンクされてきた方のために、
詳しい上映作品の音楽解説をしたいと思います。

「ヒューゴと不思議な発明」の登場人物として登場した元奇術師、世界初の映画監督の「ジョルジュ・メリエス」「月世界旅行」をオマージュした一夜を実験します。

7/17(火)20:00~
西麻布「新世界」
予約:\3,000+ドリンク代

喜劇映画研究会の協力、応援を得て、

会場のスクリーンにて、
「月世界旅行」「音楽狂」のメリエス作品と、

キートンの「デブの厨房」を上映します。


もちろん、音楽は「ぺとら」が担当します。
古楽バグパイプ、アフロでブラジルな太鼓をたくさん並べ、
ガムランの鉄琴やカリンバで多彩な音がちりばめられます。


上演順に、
「デブの厨房」。

当時、撮影のためにカメラを廻す時には、手回しだったそうです。それで、その速度が均一になるように、なんらかの方法でリズムを誰かがカウントしながら、撮影者はハンドルを廻し続けていたと思うのです。
そこが、リトミックの先生としてはね。
映像を見ると感じられるのです。「1、2、3」って。
そこを演奏でバッチリ表現したいと思っています。
主役はパンデイロです。

「音楽狂」

メリエス自身が中心となって画面に登場する、私に言わせれば「メリエスおじさんの面白楽典講座」です。楽典というのは、音楽を学ぶ上での、いろんな約束事で、楽譜の読み方、書き方のような感じ、「音楽の教科テスト」をイメージしてください。

話はそれて、私の専門のリトミックの話ですが、映画が始まったのとちょうど同時代にスイスのダルクローズによってはじめられました。時代的な背景もあって、音楽人口が急に増えて、将来プロになる予定のない人にも「音楽教育」をしていく必然性がでてきたのです。それで、全身を使った斬新な方法が次々と広まっていったわけなのですが、
あれっ?
「音楽狂」の中のメリエス先生も、ひょっとしたら同じような事を感じでいたのかもしれないと、その時代を感じる事ができるのです。
要するに、この時代には、「音楽人口増えちゃったから、音楽の基礎をもっと知りた~い!」というニーズがあったと思うのですね。これより前の時代だったら、教会とかが請け負っていたような役割が、映画によってより広範囲に広める事ができたと思うのです。

「音楽狂」で、メリエス先生が教えてくれている「楽典」は、私が普段幼稚園で、年長さんに教えている「音符の時価」というものです。
映像の中で見逃していただきたくないのが、「
符点音符」の教授コーナーです。あるべきところに音符をつけようとすると、拒否をされ、それが「符点八分音符」であるために、旗をつけなければいけない、と気付くところは、リトミックの先生としては感動もののシーンです。

この映画を単なる「面白映像」として、先端のおしゃれミュージックの脇役演出として使ってしまうような事があったら何とももったいないメッセージがこめられています。そこを声を大にして言いたいまり先生が「メリエス先生」の吹き替えを担当します。最終的に、書き上げられた楽譜は美しいコラール(賛美歌)になります。乞うご期待!


「月世界旅行」
言わずと知れた「月の目に大砲がささる」シーンが有名すぎる作品をストーリーをわかりやすく追いかけながら演奏と吹き替えをしていきます。
そして、フィナーレ部分は、youtubeなどネット動画ではカットされている事も多い知られざる部分だと思うのですが、探検隊一行が無事に街に帰ってきて凱旋パレードを行うシーンでは、日本語のオリジナル歌詞付きの歌を挿入しました。
それは、バーボンファイユ隊長一行を出迎える一般の人々のつぶやきから始まります。当時は、もちろんテレビなんてありませんから、彼らは、この大冒険が成功したかどうかは、「凱旋パレード」によって初めて知ると思ったのです。そこから、讃える声が沸き上がります。市長から記念メダルの授与です。そこから、自然と祝祭の祝いの踊りが沸き上がる流れには、古楽バグパイプが実によく似合います。

そして、ここは私の創作、続きのストーリー。「ハプニングで連れ帰ったセレナイト(月の原住民)」は、その当時だったら、大衆は喜んで「見せ物小屋」に連れ帰って、毎日みんなは入れ替わり立ち代わり見物に行ったんだと思うのです。
時代がすすめば、もちろんエイリアンなのですが、「エリア51」に隔離されて、一般人にはその存在も知らされないのが常識ですけれど、ここでは何と!パレードでさらしてしまっています。
想像を膨らませれば、このセレナイトは、意外とその後、幸せに暮らしたりなんかもするような気さえします。その後は、身の軽さを活かしてサーカス暮らしかもしれません。

この時代ならではの、「ファンファーレ」ではじまるような「仕切り」の時間感覚なんかも、「ぺとら」の音像で楽しんでいただけたらと思っています。


後半については、またつづきます。

ご予約は、こちらです。

ぺとら&外部活動 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ありえない

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プール遊び、水あそび、水浴びと、
熱中症予防も考慮した夏期限定のプログラムが入っての1学期後半は、
保育時間がとても忙しく・・・。

ある日は、
とても暑い日だったので、急遽、予定にはない「全学年がプール」
という日になり、
予定していた「お誕生会の練習」を時間節約のために、年長さんは水着で行いました。
お部屋までの移動の時間を惜しんで、
終了後、そのままホールで体操、プールでした。

それで、
みんなが、
「ありえない」
と、言っていたわけです。

文句じゃないと思うけれど、
きっと、年長さんの皆さんの想定を超えていたのでしょうね。

でもね。
この先。
運動会前の組体操の忙しさ。

おゆうぎ会前の練習スケジュールなんかは、もっと忙しいよ。

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2012 7/4の未リトミック

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暑い中、ご来場ありがとうございました。
二学期もどうぞよろしくおねがいいたします。

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「紙芝居チャチャチャ」ぺとらの新世界旅行 音楽劇

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深川、墨田川沿いのレトロな印刷工場がブックカフェ「そら庵」になり、
音楽仲間の初代ピアノ屋「岡野勇仁」さんが音楽監督として就任、
いろんなイベントやワークショップも開催されています。

それで、勇仁さんと一緒に「紙芝居」のイベントをやろうと企画して、
シンガーソングライターの「YUKKIY」さんと岡野さんの手作りカラフル紙芝居と共演させていただきました。

「ぺとら」としての活動は、3月に下北沢の親子イベントで「ぺとらのマンドラゴラ」を上演して以来なのですが、わざわざ足を運んでくださった親子さんが数組いらしてくださり嬉しかったです。その他、このイベントに興味を持ってくださった方や、地元の常連の方などで席はいっぱいでした。

思い出に残る出会いもありました。
松尾芭蕉公園のすぐ隣で、お稲荷さんも周りに2つもあって、静かな下町の佇まいを感じられる観光地でもあるのですが、ナイスミドルの外人さんが、ふとつるさんの機材車を楽屋がわりにしている風変わりな音楽家たちである私たちに目をとめました。

「これから何をするのですか?」(英語)
と、尋ねられたので、
たっちゃんが、
「ペーパーピクチャー」と答えたそうです。

すると、その異国の方は興味を持って店内に入られ、私たちの出番を全編見ていってくれました。

そして、私たちの出番が終わると、
また機材車にいる私たちのところにきて、
パントマイムで私たちが劇中でしている「宇宙的なお辞儀」の真似をして、
メンバー全員に挨拶をしてくれながら、
言葉にならないけれど、
「こんな要素もあった、こんな箇所も覚えていると、いくつものポイントを振り返りテストのように身体で表現してくれました。
こんな素敵な身体で使えてくれるメッセージを私は生まれてはじめて受け取りました。

私たちの紙芝居音楽劇のセリフはもちろん日本語ですが、
音楽に助けられるのと、コドモでもわかるような単純なストーリー、
それに欧米公演の経験も豊富なたっちゃん&つるさんはマイムの要素もしつこいくらいに入れてくれるので、言葉の通じない外国の方にも通じたのですね。

今回の「ぺとらの新世界旅行」は、「月世界旅行」のジョルジュ・メリエスへのオマージュとして制作しました。奇術師であったメリエスが、映画という技術にびっくりして独学で撮影を学び、世界初のストーリーのある長編映画をつくった。それが「月世界旅行」だという事は皆さんご承知の事と思います。

初期の映画は、蒸気機関車が走る撮影して、それを室内の映画館で投影すると観客は「機関車に轢かれる」と逃げたそうです。そんな時代に、SF的な発想で月に行き、しかもそこには野蛮人がいたりしている。その王宮もある。西洋の物語に必要な洋式の要素が全部詰まっている完璧な作品です。

私は普段、幼稚園教諭として3歳〜6歳のこどもがわかるコトバの中で暮らしています。
それは、オトナ語とコドモ語くらい違うものです。
人生経験が短い彼らたちが、自分の目で見た事がありそうな事をいつも頭で必死で探しつつ、
今伝えようとしている新しい事と、その例との違いや、関連性などを導いて、イメージをつくらせて説明します。

そんな私が思いついたのが「超訳」というか、まぁオマージュなのですが、伝えたい物語の中でのポイントやエッセンスだけを取り上げて、かみくだいて別の形にしてみるという作業です。

2011年9月に「こどもの城」で連続4公演した「ぺとらの月世界旅行」、2012年3月に下北沢の親子イベントで上演した「ぺとらのマンドラゴラ」は、参加するコドモたちが自ら参加するコーナーを随所に設けながら、「メリエスの映画の中の世界」の中でおこりそうな出来事を組み立てていきました。

「ぺとらの新世界旅行」は、こども向けではなく「コドモ心を持ち続けているオトナ」を対象に制作しました。

「ぺとら」をやっていて、一番誤解されたくないのが、「コドモの真似をする」ことと、「コドモ心をもって表現する」ことは全く異なるということです。

例えば、「新世界旅行」の中で、茶碗を水の中で共鳴させて音階を出して演奏する箇所があります。コントやドラマの挿入や効果音。かつては音効さんがひとつひとつ手を使ってならしていたけれど、今ではそのひとつの音に人件費はかけられないから、どんどんとデジタル化していって、いつのまにかそうゆう技術自体が消滅していく危機にあると思うのです。
メリエスの時代の無声映画をみていくと、当時はサーカス文化も栄えていたので、動物の調教という面でも、いまでは想像もつかない演技をしている場面を見つける事ができます。今は、CGで何でもできるのではなくて、なんでもCGに見えてしまうような不幸な時代でもあると思うのです。

つるさんが劇の中でいきなり茶碗を取り出すと皆は笑います。当然、コントだと思うわけですね。
でも、その中には、ベテランのパーカッショニストだからこそできる芸がある。それを、本人も夢中になって表現をすることが、コドモ心だと思うのです。

メリエスの「月世界旅行」の終盤では、海の中に帰還した大砲が着水するところでは、クローズアップで魚が泳いでいます。マーティン・スコセッシュ監督の「ヒューゴの不思議な発明」では、その箇所が見事にカラーで再現されていて、撮影するカメラの目の前にうすべったい水槽があり、その中に生きた魚が泳いでいるのです。私の想像ですが、その魚を用意するためには、やっぱり魚の飼育に関するプロの親方がきちんとスタンバイしていて、太陽光の一番良いタイミングにあわせてのメリエス監督のキューを待っていたと思うのです。それぞれの道のプロが、きちんと自分の仕事を全うしている事が、映像から感じとれるのです。

「ぺとら」として、今、次の活動が予定されているのは、昨年、園に招聘した「喜劇映画研究会」とのコラボイベントのメリエスの映画の上映会と演奏ライブのみとなっているのですが、これで、私の中でひとつのシーズンが終わるような区切りとも思っています。

そもそも、何で園児たちにメリエスの「月世界旅行」を見せたかというと、話は、311の震災直後に遡ります。大きな被害をうけたり亡くなられた方もいることを考慮すればそんな事はと、思われると思うのですが、東京の幼稚園児にとっても、震災後しばらくは辛い時期が続きました。今まであたり前のように夕飯前にみていたこども番組やアニメがテレビからいっさい流れなくなったのです。おまけに、私たちの居住する地域では、計画停電もありましたから、真っ暗闇の中にペットボトルの湯たんぽで家族が密集する状況です。電気が通っている時間でもテレビでは繰り返し悲惨な被災状況ばかり報道されていました。

そこで気付いたのは、コドモたちは、いつのまにかテレビをとても受動的に見ているものになっているし、作り手側も展開を短くして、くいいるように見るような中毒的なものもあると思ったのです。仮面ライダーのシリーズがかわるごとにおもちゃ屋さんが儲かるような世の中のしくみも当然ですよね。

まり先生は考えました。コドモたちが、自分で空想をしてイマジネーションを広げられる力をつけなきゃ。工作もキット製作ではなく、自分で試行錯誤が体験できるような過程からとりくませるようにしなければ!

そのためには、私自身もイマジネーションを磨かなければ。こどもたちに率先してお話をつくり、絵を描いて、思考錯誤の工作の失敗所を一緒に工夫していきたいと思ったのです。

そうしてできあがった作品たちが、今のぺとらのメリエスオマージュシリーズです。
最新作の「ぺとらの新世界旅行」では、メリエス作品から私が感じ取ったメッセージがたくさん盛り込んであります。

序曲ではじまるところ、幕が開くようなオープニング、お辞儀は文化人の証?、野蛮人との出会い、蒸気機関車という乗り物への敬意、月が感情を持つこと、月を見守る守護神のような存在・・・。

私の専門であるリトミックも、実はメリエスと同じ時代に生まれています。メリエスの映画にたくさん出てくる今の感覚では少しふくよかなご婦人方が複数で出演されていますよね。例えば、大砲を際立たせるために、そのご婦人の集団が身体で造型をするのですが、それはリトミックでもあって「プラスティック」という分野となって、それが動くと「プラスティックアニメ」と呼ばれます。メリエスが、リトミックを知っていたかどうかはわからないし、感覚で感じているだけだけれど、とても似ているように思えるのです。

私は日本人ですが、バレエやリトミック、歴史的舞踏をしてきたし、カトリックの家に育ったので、西洋的な伝統や形式に親しみを持っています。ヘルタースケルターなドタバタ劇があっても、最後には人の声のハーモニーでハッピーエンドを伝えられるような展開と様式は、どこの国の人にも通じるものだと思っています。

冒頭に、深川での外国人のお客様についてのエピソードに触れましたが、彼が月役のたっちゃんには、月のお辞儀をし、王様役のきんど〜さんには、王族風の膝をおる礼をし、つるさんには茶碗を叩く所作を真似して讃えて、私には、内からこみあげるとジェスチャーをしてから、拍手をしてくれたこと。
私には、メリエス監督に伝わったような思いがしました。

私たちが寛いでいたつるさんの機材車には、紙芝居のセットや大道具の他に、つるさんが他の仕事で使うブラジルやアフリカの太鼓がわんさか積んでありました。

異国の通りすがりの方にとっては、私たちがその車で不思議なオペラを上演しながら旅をするキャラバンのように見えたのかもしれません。

そう思ってもらえているのも、楽しいな。
そう思った「紙芝居な休日」でした。

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