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観劇会 喜劇映画研究会 無声映画

観劇会の話を書こうと思います。

今回、役員さんたちに、「今年はこの企画でいかがでしょう」と、持ちかけた時には、こどもたちには、無声映画というのはハードルが高いのでは?というご意見もいただきました。でも、結局、当日を迎えてみると、一番、歓喜の声をあげて反応が良かったのは、年少さん。私が年中のリトミックで取り組んでいる「音のお絵描き」と同じで、小さければ小さいほど、柔軟な頭脳で感覚と感覚をニューロンがテキパキと繋いでてくれるようです。


喜劇映画研究会の新野さんは、本当に何本もの編集の案を出してくださっていました。改めて、送っていただいた貴重な資料を週末に眺めていました。「ここから始まったんだなぁ〜」と、感慨深いです。今まで、様々な映像関係のお仕事をされている新野さんですが、実は、対象がこどもというのは、少ない例のようで、なおさら、様々な心遣いをされていました。当日、見られた方はご存知だと思うのですが、映画の仕組みをこどもたちに説明をする場面では、私を素材としたパラパラ漫画のようなコマ取り映像を使っていました。新野さんが、その1コマから続いて、クレヨンで線を描くと、あら不思議、まり先生の口から火がでる、というものです。これらのアイディアは、映画の仕組みを説明しようというところから全て新野氏の発案なのですが、私が着目したのは、その「クレヨン」です。万が一、園児の口に入ったとしても害のない「蜜蝋クレヨン」をご用意してくださっていました。


今回の上映は、フィルムを使った映写機だったのですが、これも予備でもう1台持ってきてくださいました。映写機はデリケートで、誰かが電源に躓いたら、そこでもう復帰できなくなるそうで、そのために、もう1台。その上、棒が飛び出ている部分には、スーパーボールで安全ガードまでしてくれていました。
さらに、一番、勉強になった事。
開催日の決定においてなのですが、「1月で一番、降雪による影響がないと思われる日」が、1/18でした。この後、数日後には、かなりの大雪が降ったわけですから、この判断はスゴいと思いました。今後の参考にしたいと思います。

喜劇映画研究会を私が初めて知ったのは2006年5月ロバハウスにて、ロバの音楽座さんとピアニストの谷川賢作さんが楽士を務められた「月世界旅行」を私のこどもたちも一緒にみました。たぶん、自分のこどもたちと一緒にこの映像をみなかったら、今回、幼稚園に持ってこようとは思わなかったと思います。その時、まだ息子パンダは5歳(年中)だったのですが、月がだんだん寄ってきて、大砲にささるところでは、お腹にぐっと力を入れてきたのを覚えています。オトナにとっては、ひとつの演出でも、「コドモには、すごいインパクトなんだ」と、強く思いました。また、この時に、小学生よりも園児の方が良い反応をする事も感じ取りました。

その後、2006年11月に、私が楽団「ぺとら」でお世話になっているバグパイプの近藤治夫さんが喜劇映画研究会のイベント「夢の森にて」で、同じく私の友人の古楽歌手の辻康介(つぅーじー)と楽士をされたことがきっかけです。この時、園でも上演した「音楽狂」という、指揮者のおじさんがでてきて、首が跳んで五線譜上の音符になるものを拝見しました。
私の記憶では、「不可能を通る旅」というのは、メリエスが「月世界旅行」の続編のように描いた作品で、今度は太陽へ銀河鉄道で向かうというもので大変興味深いものでした。

私事ですが、観劇会の日は、たまたま実母が興味を持ったので、この会をこっそりと(後でこっそりではなく昼食会にも参加させていただきました。この場をお借りしてありがとうございます。)拝見させていただいていたのですが、ちゃんと私の狙いとした事を説明もしていないのに言ってくれてびっくりしました。

「やっぱり、こどもには、創造させるものがいいわねぇ〜。」

母がこの言葉を言ってくれた事が、この日の収穫を物語っているようでした。
いち幼稚園の、たった一日の催しにここまで精力的にアイディアをそそいてくださった喜劇映画研究会新野さんに感謝をいたします。
その2につづく。

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