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ダンシング チャップリン

『ダンシングチャップリン』
念願、週末にやっと映画が見られました。テアトル系での単館上映だったので銀座にて。
主演の草刈民代さんは、最近では、ドラマ等にも出演されていますが、私にとっては、同世代。「あの人、バレエのために高校辞めちゃったんだって!」なんて才能にジェラシーしながら、舞台にたつ姿を学生時代から見守ってきたので、とにかく彼女が輝いて、他の人ではできないことをしてくれるごとにワクワクと自分のことのように嬉しい。そして、まるでジグソーのピースをはめるような伴侶を得て、かの監督が結婚会見の時に、バレリーナの真似をしてアラベスクのポーズを真似た映像も目に焼き付いている。
注目している人物たちなので、様々な番組でメイキングをとりあげるたびにチェック。すると、自然と題材の「チャップリン」にも魅かれ、同時に「弁士の無声映画」から「トーキーの時代」となった時には、映画音楽まで手がけ、それにセリフがいれられる時代になると枯れた演技をみせた。時代ごとに、自分の役割を見つけていける才能はスゴいなぁ、と思っているのです。

そんなわけもあり。たまたま「喜劇映画研究会」を知っている事もあり、今年は、自分のリトミックの中でも、「映像や動きに音をつける」、なんちゃって楽士ごっこをやったりしています。「三匹山羊のガラガラドン」のパネルシアターにあわせて、年長は、好きな楽器を選んで、「パネルの動かし手」と、「楽士」に分かれて演じてみました。少し、時間をおいた年中の時間では、私もちょっと工夫して、自作の「パーカッションセット」を組んでみました。チゲ鍋や、竹、フライパン等をフレームにくっつけただけですが、楽器を手にとるという作業を省く事がこんなに効率をはかどらせるとは!の発見。
この活動が落ち着いたら、次は、チャップリンの「パンのダンス」に取り組んでみたいのですが、何処かに手軽なパンのディスプレイでフォークに刺したのないかなぁ?

映画の話に戻ります。ネタバレになるかもなのですが、民代さんをリフトする男性ダンサーが降板するという件があるのですが、そこのとらえ方が、「才能がないからダメ」のような降ろされ方ではなくて、「キャスティングミス」のような形で他の人に代わっていくところに注目。巨人の星をみて育った日本人には、ちょっとない感覚だなぁ、と思うと、「マイケルジャクソンのTHIS IS IT !」の中にも、「自分のできる事」をみんなよく知っているし、そのために自己アピールをしていくし、なにしろポジティブなんだなぁ、という感覚の違いを思ったりしていました。「ダンシングチャップリン」にでてくる「ルイジ」さんと、マイケルの監督の「オルテガ」さんの「みんなの士気を高めるようなリーダーシップ」にも憧れました。
威張るのではなく、自分もその共同体の中の一部である事から出過ぎず、茶目っ気がある。
私のなりたい「60代」の姿だなぁ。
久々に映画をみて、(多分、前回見たのは3/27『喜劇映画研究会のキートン他でした)、良きリーダーの姿に憧れ、なりたい将来の自分に向き合ったりできちゃったのは、この映画に仕組まれた一部と二部との間の『幕間』という時間かもしれません。5分間、照明がつくわけでもなく、ただ瞑想をするような映画館での時間がプレゼントされるわけなのです。思わず、誰でも、きっと何かを考えてしまうのだと思います。
この映画をみたひと、ひとりひとりに出口でインタビューをしてもらって、
「アナタが幕間で考えた5分間の閃き事を教えてください」特集。どっかやってくれないかなぁ〜。
ま、ホントの事を言うと、私は、その瞑想の五分間の間の半分くらいは、ポケットに入れてあったiPhoneを落としたのを真っ暗闇の中、探そうとゴソゴソしてたんだけどね。

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